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東京地方裁判所 平成2年(行ウ)176号 判決 1993年9月13日

原告 吉岡弘史

被告 雪谷税務署長

代理人 矢吹雄太郎 時田敏彦 ほか三名

主文

一  被告がいずれも昭和六三年一一月一日付けでした、原告の昭和六〇年分所得税の更正(但し審査裁決により一部取り消された後のもの)及び過少申告加算税賦課決定のうち、総所得金額を二九七万二六八三円として計算した額を超える部分、昭和六一年分所得税の更正及び過少申告加算税賦課決定のうち、総所得金額を四四三万四六〇二円として計算した額を超える部分をいずれも取り消す。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その四を原告の、その余を被告の各負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告がいずれも昭和六三年一一月一日付けでした

(一) 原告の昭和六〇年分所得税の更正(但し審査裁決により一部取り消された後のもの)のうち総所得金額二〇九万五〇〇〇円(納付税額四万九一〇〇円)を超える部分及び過少申告加算税賦課決定

(二) 原告の昭和六一年分所得税の更正のうち総所得金額三四六万六一五四円(納付税額二二万四七〇〇円)を超える部分及び過少申告加算税賦課決定

(三) 原告の昭和六二年分所得税の更正のうち総所得金額二二八万円(納付税額六万四八〇〇円)を超える部分及び過少申告加算税賦課決定

を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告の昭和六〇年分、昭和六一年分及び昭和六二年分の各所得税につき原告がした確定申告、被告がした更正及び過少申告加算税の賦課決定並びに原告がした不服申立及びこれに対する応答の経緯は別表一記載のとおりである(以下、右各年を「係争各年」と、右各申告を順次、「六〇年分申告」、「六一年分申告」、「六二年分申告」と、右各更正を順次、「六〇年分更正」、「六一年分更正」、「六二年分更正」と、右各賦課決定を順次、「六〇年分賦課決定」、「六一年分賦課決定」、「六二年分賦課決定」といい、また、六〇年分更正、六一年分更正及び六二年分更正を併せて「本件各更正」と、六〇年分賦課決定、六一年分賦課決定及び六二年分賦課決定を併せて「本件各決定」と、本件各更正と本件各賦課決定とを併せて「本件各処分」という。)。

2  原告は、本件各更正(但し、昭和六〇年分については、審査裁決により一部取り消された後のもの。以下同じ。)のうち、昭和六〇年分については、総所得金額二〇九万五〇〇〇円(納付税額四万九一〇〇円)を、昭和六一年分については、総所得金額三四六万六一五四円(納付税額二二万四七〇〇円)を、昭和六二年分については総所得金額二二八万円(納付税額六万四八〇〇円)を、それぞれ超える部分及び本件各賦課決定に不服があるから、その取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1は認める。

三  抗弁

1  原告は係争各年当時、東京都大田区久が原五丁目一六番五号の事業所において、吉岡製作所の名称で、金属材料等を旋盤、フライス盤等の金属工作機械を使用して加工し、機械部品を製造する、機械部品加工業を営んでいた者である。

2  本件調査の経緯等

(一) 被告は、原告に対し、昭和四五年分所得税について調査を行って以来、五年間以上調査を行っていないこと及び原告の所得税の確定申告書には所得金額が記載されるにとどまり、収入金額及び必要経費等の金額の記載がなく、所得税法一二〇条四項に規定する内訳書の添付もなされていなかったことから、原告の所得金額を確認する必要があると判断し、被告所部係官の村上聡(以下「村上係官」という。)に調査を命じた(以下、村上係官による原告に対する調査を「本件調査」という。)。

(二) 村上係官は、昭和六三年五月一三日午前一〇時ころ、原告の事業所に赴き、原告に対し、本件係争各年分の所得税の調査のため来所した旨告げて、本件係争各年分の帳簿書類等の提示を求めたが、原告は、調査について事前に連絡がなかったこと及び調査される理由がない旨を述べて、これに応じようとしなかった。同係官は、調査理由は所得金額が正しく申告されているかどうかを確認するためである旨説明したが、原告は、そのような答えでは納得できないとして、より具体的な調査理由の開示を求めるとともに、帳簿は自宅にあると述べて、帳簿書類の提示の求めに応じなかったので、村上係官は、原告から事業の概況を聴取するにとどめ、同月一八日午前中に再度調査に訪れるので、その際には帳簿書類を用意するよう原告に依頼したうえ、その場を辞去した。

(三) 村上係官は、同月一八日に再度原告の事業所を訪れ、原告に対し、帳簿書類の提示を求めたが、原告は「今日は調査を受ける約束はしていない。」「いまだに調査理由も聞いていない。」などと申し立てた。村上係官は、調査理由は原告の申告された所得金額が正しいかどうかの確認である旨説明したが、原告は「それは理由になっていない。」、「調査理由に納得したら帳簿を提示する。」と述べ、村上係官が、仕事が忙しいのであれば仕事をしながらでもよいから帳簿を見せてほしいと要請しても、今度連絡すると述べるのみで、帳簿書類の提示に応じようとしなかった。村上係官は、このままでは署独自の調査を進めざるを得なくなるから調査に応ずるようにと告げて、原告を説得しようとしたが、原告は、村上係官に対し、署独自の調査とは反面調査のことかどうかを問いただし、反面調査をするのであれば、調査に協力しない旨述べたので、村上係官は、それ以上の調査の進展は望めないものと判断して、その場を辞去した。

(四) 原告は、同年六月四日、被告所部に電話で同月八日午後一時三〇分に調査を受ける旨連絡した。しかし、同月六日、原告から村上係官に、取引先に対する反面調査をやめるよう抗議の電話があり、右電話の際、同係官が原告に、同月八日の調査の際には係争各年分の帳簿書類を提示するよう要請したところ、原告は帳簿書類は用意はするが提示は約束できない旨述べ、村上係官の説得に応じようとせずに、一方的に電話を切ってしまった。同日、再度、原告から村上係官に、銀行に対する反面調査に関して抗議する電話があり、その際、村上係官は同月八日の調査の際には係争各年分の帳簿書類を提示するよう再度要請したが、原告は「帳簿書類の提示は約束できない。」と応答した。村上係官は、このような原告の態度からして、再度調査しても前回と同様の結果となり、調査の進展は見込めないと判断し、原告に対し、帳簿書類の提示が約束されない限り、同月八日には調査に臨場しないと告げた。

(五) 村上係官は、本件調査において原告の協力が得られなかったので、独自の調査を進め、右調査結果に基づき推計により原告の係争各年分の所得金額を算定し、同年一〇月二一日、原告の事業所に臨場し、本件調査によって把握した係争各年分の原告の所得金額等を説明するとともに右所得金額によって修正申告の提出をしょうようしたが、原告はこれに応じなかった。

3  本件各更正の根拠及び適法性

(一) 推計の必要性

右2のとおり、原告は、被告所部係官が本件調査に対する協力ないし帳簿書類等の提示を要請したにもかかわらず、原告の納得する調査理由の開示を求めるとともに、反面調査をするのであれば調査に応じられないなどと主張して自らの事業所得の根拠を明らかにしなかった。そのため、被告は、実額によって原告の所得金額を算定することができず、やむを得ず、原告の取引先等に対する調査によって把握した取引金額等を基礎として推計により係争各年の原告の所得金額を算出し、これに基づいて本件各更正をしたものであるから、右推計には、その必要性が存在する。

(二) 原告の総所得金額

被告が本訴において主張する原告の係争各年分の総所得金額(いずれも事業所得の金額)及びその算出過程は別表第二のとおりであり、右算出過程に係わる各項目の内容は次のとおりである。

(1) 収入金額

原告が本訴で主張した金額である。

(2) 算出所得金額

右(1)の係争各年分の収入金額に、原告の近隣区域内に事業所を有して原告と同業の機械部品加工業を営む個人事業者で、原告と規模の類似する者(別表第三の一ないし三の各「記号」欄に記載の者であり、その具体的な抽出基準は後記(三)の(2)のとおりである。以下「比準同業者」という。)の係争各年分の収入金額に対する算出所得金額(収入金額から一般経費を控除した金額)の割合(以下「算出所得率」という)の平均値(別表第三の一ないし三のとおり、昭和六〇年分が、六二・五八パーセント、昭和六一年分が、六六・三四パーセント、昭和六二年分が六五・一一パーセント)をそれぞれ乗じて得た金額である。

(3) 特別経費

次のアないしウの各金額の合計額である。

ア 人件費等

右(1)の係争各年分の収入金額に、比準同業者の係争各年分の収入金額に対する外注費、給料賃金、青色事業専従者給与の合計額を占める割合(以下「人件費率」という。)の平均値(別表第三の一ないし三のとおり、昭和六〇年分が二六・六〇パーセント、昭和六一年分が二九・一四パーセント、昭和六二年分が、二九・三六パーセント)をそれぞれ乗じて得た金額である。

イ 借入金利子・割引料

原告の係争各年分の事業所得に係わる借入金利子・割引料の金額であり、その内訳は別表第四の一ないし三のとおりである。

ウ 地代家賃

原告の係争各年分の事業所得に係わる地代家賃の金額であり、その内訳は、別表第五のとおりである。

(4) 専従者控除

昭和六一年分及び昭和六二年分の、原告の妻吉岡きみに係わる専従者控除額である。

(三) 推計の合理性

(1) 被告が原告の係争各年分の事業所得に係わる算出所得額及び人件費を算出するにあたり採用した推計の方法は、右(二)のとおり、原告の収入金額を基礎数値とし、比準同業者の算出所得率及び人件費率の各平均値を用いてそれぞれの金額を算出したものであり、かかる推計の方法は合理的である。

(2) そして、右の比準同業者は、原告の事業所が存在する大田区内に事業所を有し、原告と同種の機械部品加工業を営む個人事業者であって、かつ、次のアないしカのいずれの条件にも該当する者を全員抽出したものである。

ア NC旋盤を使用して、専ら機械部品加工業を営んでいる者

イ 係争各年分において、青色申告の承認を受け青色決算書を提出している者。

ウ 係争各年分の収入金額が、原告のそれの半分以上二倍以下の範囲である者。

エ 年を通じて機械部品加工業を営んでいる者

オ 災害等により経営状態が異常であると認められる者以外のもの

カ 税務署長から更正又は決定処分を受けている者のうち、当該処分について国税通則法又は行政事件訴訟法の規定による不服申立期間及び出訴期間が経過している者及び当該処分に対して不服申立がなされ、又は訴訟中でない者

(3) 右(2)により抽出された比準同業者の数、算出所得率及び人件費率は別表第三の一ないし三のとおりであったところ、右比準同業者は右(2)の条件を充たす者全員を漏れなく抽出しているので、被告の恣意が介在する余地はなく、その抽出は公正である。

なお、同表の梅田剛は、本訴において原告からこの者が抽出基準に該当しているのに脱落していると指摘された者であり、その脱落は担当係官の抽出漏れであったので、これを加えて計算し直したものである。

(四) 本件各更正に係る原告の事業所得の金額は、いずれも係争各年に係る右(二)の事業所得の金額の範囲内であるから、本件各更正は適法である。

4  本件各賦課決定の適法性

本件各決定は、本件各更正により原告に納付すべき所得税額に基づいて過少申告加算税を算出したものであるから、適法である。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1は認める。

2(一)  同2の(一)は知らない。

(二)  同(二)のうち、村上係官が、昭和六三年五月一三日、午前一〇時ころ、原告の事業所に来訪し、原告に対し、係争各年分の所得税の調査のため来所した旨告げて、係争各年分の帳簿書類等の提示を求めたこと、原告が同係官に調査理由を尋ね、同係官が所得の確認である旨答えたこと、原告が同係官に右答えでは納得できない旨述べ、より具体的な調査理由の開示を求めたこと、原告が帳簿は自宅にあると述べたこと、同係官が、原告から事業の概況を聴取したこと及び同係官が原告に同月一八日午前中に再度調査に臨場すると述べたことは認め、その余は否認する。原告は、村上係官が五月一八日に再度訪問すると述べたのに対して、原告の事業所に五月の連休明けから勤め始めたパート職員が仕事に不慣れなため、目が離せないので、調査は、右パート職員が仕事に慣れた六月ころにしてほしいと告げて、同係官の申し出を断った。

(三)  同(三)のうち、村上係官が、五月一八日に原告の事業所を訪れ、原告に対し、帳簿書類の提示を求めたこと、原告が同係官に今日は約束していないと述べたこと、原告が同係官に調査理由を問い質し、同係官が調査理由は所得金額の確認である旨説明したこと、原告が所得金額の確認という説明では納得できない旨述べて、より具体的な調査理由の開示を求めたこと、村上係官が、原告に署独自の調査を進めると告げ、原告が署独自の調査とは反面調査のことかどうか問い質したことは認め、その余は否認する。原告は、村上係官に対し、六月ならば調査を受ける旨申し入れたが、同係官は、原告に、理由も告げずに、そんなには待てないと述べて、署独自の調査をすると原告に告げたものである。

(四)  同(四)のうち、原告が、六月四日に雪谷税務署に電話をかけ、電話に出た署員に同月八日午後一時三〇分に調査を受けると告げたこと、原告が、同月六日に村上係官に取引先に対する反面調査をやめるよう求める抗議の電話をしたことは認め、その余は否認する。

原告は、同年五月二〇日ころ、得意先である日本スチールベスト、石徳製作所から、雪谷税務署から吉岡製作所との取引状況を教えてくれという書類が回ってきた等と言われたことから、被告が反面調査を実施していることを知り、村上係官に電話をし、反面調査をやめてくれるよう求めたが、同係官は帳簿を見せなければ調査を続行すると答えた。原告は、所得の確認という調査理由では納得できないから、他の理由を上司に聞いてほしいと要請した。

また、六月六日の電話で、村上係官が、原告に、帳簿を見せてくれるのであれば調査に行くと告げたので、原告は、六日八日午後一時半に、事業所に係争各年分の所得の資料、帳簿を用意して同係官の来所を待った。ところが、同係官は、約束の時間から一時間たっても来所せず、原告が雪谷税務署に電話したところ、右電話に応対した渡辺統括官は、村上係官は別のところに出張していると述べた。原告は、六月八日に村上係官が調査に来なかったことについて、同月一四日に雪谷税務署に赴いて抗議した。同日夕方、村上係官から原告に対し再度調査をさせてくれるよう申し入れる電話があった。原告は、右電話で、同係官に、まず反面調査をやめるように要請したが、同係官は、帳簿を見せてくれなければ反面調査は続行すると述べた。原告は所得の確認という調査理由だけでは納得できないので、より具体的な理由を明らかにするように求めた。その後一〇月二一日まで、村上係官からは、原告に何の連絡もなかった。

(五)  同(五)のうち、村上係官が昭和六三年一〇月二一日に原告の事業所に臨場したこと及び同係官が原告に所得金額を告げて修正申告を促したことは認める。同係官が独自の調査を進めたこと及び右調査結果に基づく推計により原告の本件係争各年分の所得金額を算定したことは知らない。その余は否認する。村上係官は、一〇月二一日に原告の事業所に臨場した際、原告に口頭で所得金額を告げただけで、原告が右金額の算定根拠について説明を求めてもこれに応じようとせず、とにかくこの数字になったのだから、これで修正に応じてほしいと述べるだけであった。原告は、原告の所得金額がこんな額になるはずがないと述べて、修正申告を断った。村上係官は、一〇月二四日に税務署に来てくれといって帰った。

原告は、一〇月二四日、雪谷税務署に電話をして、渡辺統括官に、今日は税務署に行けないと述べた。渡辺統括官は原告に、とにかく印鑑をもって署にきてほしい、相談に乗ると告げた。これに対し、原告は、散々調べあげておいて相談に乗るというのはおかしいと告げて、右申し入れを断った。

3(一)  同3の(一)のうち、原告が納得する調査理由の開示を求めたこと及び被告が推計により係争各年分の原告の所得金額を算出しこれに基づいて本件各更正をしたことは認め、その余は否認する。

(二)(1)  同(二)の(1)は認める。

(2) 同(2)は否認する。

(3)ア 同(3)アは否認する。

イ 同イのうち、原告が係争各年分の事業所得に係わる借入金利子・割引料の金額として別表第四の金額を同表記載の金融機関に支払ったことは認める。ただし、係争各年分の原告の事業所得に係わる借入金利子・割引料の金額は右に止まらない。

ウ 同ウのうち、原告が係争各年分の事業所得に係わる地代家賃の金額として別表第五の金額を同表記載の者に支払ったことは認める。ただし、係争各年分の原告の事業所得に係わる地代家賃の金額は右に止まらない。

(4) 同(4)は認める。

(三)  同(三)及び(四)は争う。

4  同4は争う。

五  原告の主張

1  調査手続の違法性

本件各更正は、次のとおり違法な税務調査に基づいてなされたものであるから、違法である。

(一) 調査の必要性の欠如

所得税法二三四条一項が定める質問検査権行使の要件たる「所得税に関する調査について必要があるとき」とは、例えば、前年度との比較、同業者との比較、景気の動向等からいって、当該納税者について過少申告を疑うについて相当の理由がある場合等、当該納税者の申告が適性でない合理的な疑いがあり、その者について特に調査しなければならないだけの個別的必要性がある場合をいうものと解すべきである。本件調査にはそのような調査の個別的必要性が欠けている。

(二) 事前通告の欠如

税務署職員は、質問検査権を行使するにあたり、被調査者に調査をすることについて事前通告をしなければならないと解されるところ、本件では、原告に対し事前通告がなされなかったから、本件調査は違法である。

(三) 調査理由の告知の欠如

所得税法二三四条一項、憲法三一条及び条理によれば、税務署職員は質問検査権を行使するにあたり、被調査者が調査の必要性を納得できるような具体性をもって調査理由を告知しなければならず、被調査者がその必要性の開示を要求したのに、これがいれられなかったときには、被調査者は適法に質問検査を拒むことができると解すべきである。本件では、原告が村上係官に調査の合理的理由の開示を求めたにもかかわらず、同係官は、被調査者が納得できるような具体性をもった調査理由の告知をしなかった。

(四) 反面調査の違法性

反面調査における質問検査権は、納税義務者や法律によって法定資料の提出を義務づけられた者を対象として行使されるものではないから、その行使の要件は厳格に解すべきであり、納税義務者本人に対する調査だけではどうしても課税標準及び税額等の内容が把握できないことが明らかになった場合に限り、課税標準及び税額等の内容を把握しようとする限度において行使が許されるものと解すべきである。本件では、被告は、原告に対して十分調査することなく、いきなり反面調査を開始しており、その調査は、右要件を充たしていない。

2  推計の必要性の不存在

納税者が課税庁の調査に対して資料の提出を拒むなど非協力的な態度をとるため、課税庁において直接所得の実額を把握しえない場合とは、税務署職員において、なすべき通常可能な説得をおこなったにもかかわらず、納税者が協力をしない場合をいうと解すべきところ、本件では、次のとおり、右要件が存在しないから、本件では推計の必要性がない。

(一) 村上係官は、原告に対し、原告を調査対象として選定した理由については、長期間調査をしていないこと、事業の収支が不明であること及び同業者と比べて所得金額が低いことである等の概括的な理由の説明をするか、あるいは、原告とある程度話合いをすれば、原告が帳簿を開示するであろうことを十分承知しており、これらのことをするのに何らの障害もなかったのにそうすることをしないで、一方的に調査を打ち切ったものであるから、税務署職員としてなすべき通常可能な説得を行ったとはいえない。

(二) 原告は、以下のとおり、調査に協力している。

(1) 原告は、昭和六三年五月一三日に村上係官が臨場調査の際に行った事業概況に関する質問に対して、原告の事業所の従業員は原告本人と妻の二人であること、原告の作業所は以前は南雪谷にあり、その後抗弁1記載の住所地に移転したこと、原告は帳簿の記帳を行なっており、領収証等も保存していること、帳簿は自宅においてあること、原告は昭和四三年に開業し、電子部品の加工を行っていること等の事実を誠実に告げて、調査に協力した。

(2) (1)の調査の際、原告は、村上係官が五月一八日に再度訪問すると述べたのに対して、原告の事業所に五月の連休明けから勤め始めたパート職員が仕事に不慣れなため、目が離せないので、調査は、右パート職員が仕事に慣れた六月ころにしてほしいと告げて、同係官の申し出を断った。原告が同年五月一八日の村上係官の臨場調査に際し帳簿を用意していなかったのは、右のように村上係官に一八日の臨場を予め断っていたので同係官の臨場を予定しておらず、自宅から事業所に帳簿書類を持ってきていなかったためであって、帳簿の提示を拒否したものではない。

(3) 原告が、五月一三日及び同月一八日の村上係官の臨場調査の際、同係官に調査の理由の開示を求めたこと及び同係官の「所得の確認」という回答では納得できないとしてより具体的な調査理由の開示を求めたことは、いずれも納税者として当然の権利の行使であるから、右行為をもって、原告が調査に協力しなかったということはできない。

したがって、本件では推計の必要性の要件が欠けている。

3  裁量権の濫用

仮に反面調査の必要性や推計の必要性の判断が、被告の裁量行為であるとしても、本件では、被告は、原告が民主商工会の会員であることを過重に評価し、同会に打撃を与えるという不正な動機に基づいて、わずか二回の調査によって、調査の進展が望めないとして安易に原告を調査非協力とし、推計の必要性があると判断したものであって、右のような被告の判断は、裁量権を濫用した違法なものである。

4  処分理由の差替えの不当性

現行法上、租税訴訟の審理の対象は処分理由との関係における税額の適否であり、更正決定時の算出税額の適否と異なる処分理由を主張するいわゆる理由の差替えは許されないと解すべきである。被告は、本訴において、原告が本訴で主張した収入額を基礎に、本訴提起後に収集した比準同業者の算出所得率、人件費率を乗じて推計した算出税額を主張して、更正決定時の処分理由と異なる算出税額を主張しているから、処分理由を差し替えた被告の本件処分理由の主張は、失当である。

5  推計の合理性の不存在

(一) 比準同業者の恣意的な抽出

被告の比準同業者の抽出は、次のとおり恣意的になされたものであるから、被告の推計には合理性がない。

(1) 被告は、審査段階においては、別表第六の一ないし三のとおり係争各年分につき各五件ずつ比準同業者を抽出したが、本訴係属後、別表第七の一ないし三のとおり、昭和六〇年分と昭和六一年分については比準同業者を各二件ずつ増やした。その後、原告が独自の調査に基づいて、被告が比準同業者に抽出していなかった雪谷税務署管内の青色申告納税者梅田剛も、比準同業者抽出基準を充たしていることを明らかにし、本訴において被告の右抽出漏れを指摘したところ、被告は、原告の右指摘に基づき、係争各年の比準同業者に右梅田剛を加えた。

(2) 右(1)の、本訴において比準同業者に加えられた業者のうち、昭和六〇年分のC(別表第七の一対象者の記号欄記載の者)及び昭和六一年分のC(別表第七の一対象者の記号欄記載の者)は、審査段階における被告の比準同業者の抽出基準を充足しており、被告が機械的かつ網羅的に比準同業者を抽出したのであれば、右各Cは審査段階ですでに比準同業者に抽出されていたはずである。このこと及び右各Cの算出所得率が、別表第七の一及び二の算出所得率欄記載のとおり、他の比準同業者よりはるかに高い値であることからすると、被告の比準同業者の抽出は、機械的かつ網羅的に行われてはいないし、被告が、右(1)のとおり、梅田剛を比準同業者として抽出し漏らしていたことからすれば、その抽出過程には恣意が介在する余地がある。

(3) 抗弁3(三)(2)の、被告の比準同業者の抽出基準のうち、同ア(NC旋盤を使用する者であること)以外の条件を充足する者は、蒲田税務署管内で三〇〇件前後、大森税務署管内で一〇〇件強である。そして、大田区の調査によれば、大田区のNC旋盤の導入率は、昭和五八年で二二パーセント、昭和六一年で二八パーセントである。右大田区のNC旋盤の導入率からすれば、NC旋盤の使用という条件のみによって、抗弁3(三)(2)の比準同業者選定の条件を充足するものが、右の蒲田税務署管内における約三〇〇件から三、四件に、大森税務署管内における約一〇〇件から二、三件に絞られることは、ありえない。したがって、被告は、抗弁3(三)(2)の条件に該当する者を漏れなく比準同業者として選定してはいない。

(二) 比準同業者に関する資料の不正確性

(1) 被告の比準同業者に関する資料(別表第三の一ないし三)の数値は、被告が審査段階において推計の基礎とした比準同業者と同一年分の同一業者に係るものであるのに、次のアないしクのとおり、被告が審査段階において主張した数値とは異なっている。従って、右数値は、被告が、審査段階か本訴かのいずれかの段階で、原資料から転記を誤ったものであって、被告の比準同業者に関する資料は不正確であり、信用できないから、被告の推計は合理性がない。

ア 本訴における昭和六〇年分の比準同業者aの算出所得金額(一二三一万三〇四七円)と、右aと同一業者と認められる審査段階の昭和六〇年分の比準同業者Dの算出所得金額(一三〇九万〇二二七円)

イ 本訴における昭和六〇年分の比準同業者bの総人件費等の率(三三・九パーセント)と、右bと同一業者と認められる審査段階の昭和六〇年分の比準同業者Cの総人件費等の率(三三・七パーセント)

ウ 本訴における昭和六一年分の比準同業者aの算出所得金額(一〇三四万五五二二円)と、右aと同一業者と認められる審査段階の昭和六一年分の比準同業者Eの算出所得金額(一〇三二万二七〇七円)

エ 本訴における昭和六一年分の比準同業者dの算出所得金額(九五七万〇四五四円)と、右dと同一業者と認められる審査段階の昭和六一年分の比準同業者Bの算出所得金額(九四六万四九四七円)

オ 本訴における昭和六二年分の比準同業者aの算出所得金額(一三八四万五一三九円)と、右aと同一業者と認められる審査段階の昭和六二年分の比準同業者Eの算出所得金額(一三八二万二三一九円)

カ 本訴における昭和六二年分の比準同業者bの算出所得金額(八八三万六九〇〇円)と、右bと同一業者と認められる審査段階の昭和六二年分の比準同業者Dの算出所得金額(九〇〇万四九〇〇円)

キ 本訴における昭和六二年分の比準同業者cの算出所得金額(九三二万二二七八円)と、右cと同一業者と認められる審査段階の昭和六二年分の比準同業者Aの算出所得金額(九三二万二二七九円)

ク 本訴における昭和六二年分の比準同業者dの算出所得金額(一〇八二万三六九八円)と、右dと同一業者と認められる審査段階の昭和六二年分の比準同業者Bの算出所得金額(一〇三二万三七七五円)

(2) 原告の所属団体である民主商工会職員が行った調査によれば、本件において被告が提出した比準同業者に関する資料と民主商工会の会員がなした審査請求において、蒲田税務署、大森税務署並びに雪谷税務署が国税不服審判所に提出した営庶業所得調査書及び同業者率算定表とを対照したところ、これら比準同業者六一一件のうち、同一年分の総収入金額が同一である業者、即ち、同一業者であると推定される比準同業者は八五例、一八四件あり、そのうち総収入金額が同一であるにもかかわらず特前所得金額あるいは算出所得金額が異なるものは、三二例、七〇件にのぼり、中には、総収入金額が同一である業者どうしであるにもかかわらず、特前所得金額において四〇〇万〇一六〇円もの差のあるものが存在することが判明した。右の数値の違いは、税務職員が同業者比率を算定する際に、青色申告決算書から数値の転記を誤ったために生じたものと考えられ、このように転記ミスが頻繁に生じる同業者比率の算定作業により算定された算出所得金額及び算出所得率の信憑性は乏しく、右算出所得金額及び算出所得率を基礎としてなされた被告の推計の主張も不正確なものであるから、被告の推計は合理性を欠く。

(三) 適正手続の欠如

右(二)のとおり、被告が推計の基礎とした各税務署の国税局に提出した「機械部品加工業の比準同業者」の算出所得金額及び算出所得率は、疑わしいものであり、右数値の正確性を確認するためには、同業者の青色決算書の写しの提出が必要であるところ、被告はこれを提出しないから、右青色決算書を提出しないことは適正手続を欠くものであり、許されない。

(四) 原告の特殊事情

原告は、昭和六〇年一月に南雪谷から久が原に作業所を移転させ、同年五月にNC旋盤を導入し、昭和六二年一一月にもう一台のNC旋盤を導入したが、これらの営業状態の急変の中で、過大な設備投資と売上の減少、賃料の増大、外注費の増大、消耗工具費の急増などのため利益は少なかったという特殊事情があるから、原告の所得を推計する際に、平均値を用いることは適当でない。

6  実額主張

原告の作成している「所得計算資料」や保存している請求書、領収証等の資料によれば、係争各年分の原告の事業所得金額及びその算出根拠は別表第八の一のとおり(そのうち収入金額の明細は別表第八の二の、減価償却費の明細は別表第八の三の一ないし三のとおりである。)である。そうすると、本件各更正において原告の事業所得とする金額は、いずれも当該年に係わる別表第八の一の事業所得の金額を超えているから、本件各更正は違法である。

六  原告の主張に対する被告の認否及び反論

1  原告の主張1は否認する。所得税法二三四条一項所定の質問検査権の行使にあたり、事前通知をするかどうか、具体的調査理由を開示するかどうか及び質問検査の対象者を所得税法二三四条一項一号所定の納税義務者等に限定するのか、又は、三号所定の取引先等まで及ぼすのか、その順序、方法等をどのようにするのか等は、実定法上特段の定めのない調査実施上の細目的事項であるから、事前通知及び具体的調査理由の開示の要否の判断は、権限を有する税務職員の合理的な選択に委ねられていると解されるし、また、質問検査の対象者や順序、方法等の判断も、当該調査の必要性と相手方の私的利益とを比較衡量し社会的通念上相当な限度内である限り、権限を有する税務職員の合理的な選択に委ねられているものと解される。本件の村上係官の対応には、事前通知及び調査理由の開示に関して、これを違法とすべき特段の事実は存しないから、原告の主張はその前提を欠き失当である。また、村上係官が原告の取引先への反面調査を行ったのは、原告が調査に非協力であったためであるから、同係官の質問検査権の行使にも、違法な点は存しない。

2  同2は否認する。

3  同3は争う。

4  同4のうち、被告が、本訴において、原告が本訴で主張した収入額を基礎に、本訴提起後に収集した比準同業者の算出所得率、人件費率を乗じて推計した算出税額を主張して、更正決定時の処分理由と異なる算出税額を主張したことは認め、その余の主張は争う。課税処分取消訴訟の審理においては、原処分時に被告が課税標準等を認定する根拠となった理由のいかんにかかわりなく、審理の結論として処分理由の存在が明らかにされ、被告が認定した税額が原処分時に客観的に存在した税額を上回らなければ、その処分は適法なものとされるのであり、また、白色申告者に対する更正処分の取消訴訟においては、当該課税処分の正当性を維持する理由として、原処分の段階において考慮されなかった事実を主張することも許されるのであるから、被告は、原処分時の認定理由に拘束されることなく、口頭弁論終結に至るまでに把握したすべての事実に基づき、本件課税処分の正当性を主張することができる。従って、被告が本訴において、原処分と異なる処分理由に基づき課税の根拠を主張することは、本件各更正を違法ならしめる事由とはならない。

5(一)(1) 同5(一)(1)は認める。

(2) 同(2)は否認する。昭和六〇年分及び昭和六一年分について比準同業者が二件ずつ増えているのは、審査段階で比準同業者の抽出もれがあったためである。

(3) 同(3)は否認する。梅田剛は、次のような経緯で抽出漏れとなったにすぎず、被告は、梅田剛を恣意的に比準同業者から除外したものではない。雪谷税務署管内における機械部品加工業者の課税事績報告書の作成を担当した雪谷税務署職員藤井良和は、同税務署が保管している昭和六〇年分ないし同六二年分の業種別名簿から、青色申告者で収入金額が前記通達において示されている各年分毎の指定金額の範囲内にある者を罫紙に書き出し、次にその罫紙に基づき、NC旋盤を有しているか否かについて、抽出した各納税者の青色申告決算書の「減価償却費の計算」欄をみて確認する作業を行ったが、梅田剛については、該当年分の青色申告決算書の「減価償却費の計算」欄に何ら記載がなく、減価償却費の計算が別の用紙に記載されていたため、同係官はその記載に気付かず、梅田剛を比準同業者に抽出するに至らなかったものである。

(4) 同(4)は否認する。

(二)(1) 同(二)(1)の事実のうち、アないしクは認め、その余は否認する。アについては、審査段階において、計算を誤り、経費として八〇万円を過大に計上したことと、審査段階では特別経費として算定していなかった工場設備配線の減価償却費二万二八二〇円を、本訴において特別経費として算定したことにより、数値に違いが生じたものである。イについては、Bの昭和六〇年分の係わる外注費は二六万二四〇円であるのにもかかわらず、審査段階において、右金額が二三万九六〇円と間違えられて総人件費等の率が計算されたため、数値に違いが生じたものである。ウについては、審査段階において、計算を誤り、経費として五円を過大に計上したことと、審査段階では特別経費として算定していなかった工場設備配線の減価償却費二万二八二〇円を、本訴において特別経費として算定したことにより、数値に違いが生じたものである。エについては審査段階では特別経費として算定していなかった廃棄損一〇万五五〇七円を、オについては審査段階では特別経費として算定していなかった工場設備配線の減価償却費二万二八二〇円をそれぞれ特別経費としたため数値に違いが生じたものである。カについては審査段階では特別経費としていた賃借料一六万八〇〇〇円を特別経費に該当しない経費としたため数値に違いが生じたものである。キについては、審査段階において、計算を誤り、経費として一円を過大に計上したことにより、数値に違いが生じたものである。クについては、審査段階では特別経費として算定していなかった旋盤の割増償却費五七万一二〇〇円を特別経費とするとともに、審査段階では特別経費としていた金利切替費用七万一二七七円を特別経費に該当しない経費としたため数値に違いが生じたものである。

(2) 同(2)は否認する。同一業者を比準同業者として抽出する場合であっても、審査請求人が異なれば、その審査請求人の条件に併せた、より適切な同業者比率を算出するため、所得率の算定方法を変えることがあり、例えば、同一業者について、青色事業専従者がいる審査請求人に関する比準同業者として抽出する場合には、右業者の事業専従者給与額を減算しない金額を特典控除前の所得金額として所得率を算定するのに対し、青色事業専従者がいない審査請求人に関する比準同業者として抽出する場合には、右業者の事業専従者給与額を専従者に替わる使用人の給料賃金に振り替え、右額を特別経費として減算した額を特典控除前の所得金額として所得率を算定することがあるから、同一業者について審査請求人ごとに特典控除前の所得金額が異なることは、不合理ではない。

(三) 同(三)は否認する。青色申告決算書は、青色申告者が確定申告に際して確定申告書に添付して税務署長に提出する個人の秘密に属する所得金額、資産負債の内容等が記載された文書であるところ、税務署長は所得税事務に関し職務上知り得た右のような事項につき国家公務員法一〇〇条一項、法二四三条によって守秘義務を負うものであり、被告は、右義務に基づき比準同業者の青色申告決算書を提出し得ないのであるから、被告が右決算書を提出しなくとも適正手続の保障には反しない。

(四) 同(四)は否認する。推計課税は納税者の所得金額を直接資料によって把握することができない場合に、やむを得ず間接資料によって推計した数値をもって真実の所得金額に近似するものと認定して課税するものであり、この推計によって得られる数値は一般的・抽象的な見地から真実の所得金額に近似する蓋然性があれば足りるというべきである。従って、推計の合理性を検討するに際しても、一般的・抽象的にみて、その納税者の所得の実額に近似する数値を求めるにつき、必要な限度で類型的事実に基づき考察すれば足りると解すべきところ、推計の方法としていわゆる同業者比率の平均値を用いる場合、納税者とその同業者との類似性については、業者間に無限に存在する個別的な営業条件等の差異に関し、そのすべてを考慮しなければならないというわけではない。けだし、所得税法が推計課税を認めている以上、ある程度の抽象性は法が容認しているところであって、むしろ、過度に同業者間の類似性を要求することは、推計による課税自体を否定することになりかねないからである。仮に、右営業条件のすべてにわたり原告と類似性を有する同業者を求めることができたとしても、その結果得られる同業者の数はごく限られたものになるであろうことは否定できず、これを基礎とする推計はかえって普遍性を欠くことになるといわざるをえない。そして、業種・業態、事業所所在地、事業規模等の基本的要因において同業者の抽出基準が合理的であれば、業者間に通常存在する程度の営業条件の差異は、その所得率・経費率等の平均値を求める過程で包摂され、その平均により捨象されているというべきである。原告の主張5記載の諸条件は、まさに同業者間に無限に存在する営業条件の差異にすぎず、いずれも平均経費率(平均仕入れ外注費率・一般経費率)の中に捨象されるべき性質のものということができるから、これらについてまで同一性を考慮する必要はないというべきである。

6(一)  原告の主張6は争う。

(二)  被告は、本件において、原告が本訴で主張した収入金額を基礎とし、比準同業者の算出所得率及び人件費率の各平均値を用いて原告の算出所得金額及び人件費等の額をそれぞれ算定して、右算出所得金額から右人件費等の額を控除した後、実額計算可能な借入金利子割引料、地代家賃及び専従者控除の額を控除することにより、原告の事業所得金額を推計計算している。

このような事案において、納税者が実額主張をする場合には、所得税法三七条が定める事業所得における必要経費とは、当該事業について生じた費用、即ち、業務との関連性がある費用と解されるべきであり、家事関連費用は事業所得の金額の計算上必要経費に算入しないものと定められている(同法四五条)ことに鑑みて、その主張する経費が総収入金額に対応するものであること、収入金額に捕捉もれがなく原告主張の収入額が真実の収入額に合致することをも主張立証するか、あるいは、その主張する経費の全てが原告の業務遂行上必要なものであること、即ち、原告主張の経費が原告主張の収入金額に対応するものであることを立証しなければならず、また、各経費項目の具体的内容を収入金額と関連させて明らかにするとともに、主張の経費の額の中から家事関連費等を減算しなければならない。けだし、個人所得においては、個人事業主は、日常生活において事業による所得の獲得活動のみならず、所得の処分としての消費行為も行っているのであるから、事業上の必要経費と、所得の処分たる家事費とを明確に識別する必要があるからである。従って、原告は、収入金額に捕捉もれがなく原告主張の収入額が真実の収入額に合致することをも立証するか、あるいは原告主張の経費が原告主張の収入金に対応するものであることの主張立証が必要であるというべきである。

しかるに、原告が主張した収入金額がすべての取引先からの総収入金額であることを主張立証しておらず、また、右収入金額と原告主張の経費との個別・限定的な対応関係を主張立証していないから、この点において、原告の実額の主張は失当であるといわざるをえない。

(三)  原告がその実額主張の裏付けとする出金伝票は、領収書や請求書の裏付けがなくいつでも作成が可能なものや、作成年月日、相手方の明らかでないものが含まれており、これらの出金伝票を原告の必要経費の算定の基礎とすることはできない。また、請求書、領収書については、作成年月日の記載に不備があり係争各年分に係るかどうか明らかでないもの(<証拠略>)、宛名の記載が上様であり、原告に係るものであるかどうか明らかでないもの(<証拠略>)が含まれており、現金出納長等の金銭の出入りを漏らさず記載した帳簿が存在しない本件において、これらの請求書や領収書に証拠価値を認めることは不合理である。

第三証拠関係<略>

理由

一  請求原因1及び抗弁1は、当事者間に争いがない。

本件において、被告は、原告の係争各年の所得金額を、推計の方法によって主張し、立証するが、原告は収入及び支出のいずれについても実額であるとする額を主張して、立証をしている。個々の費目について実額が把握でき、これによって所得が算出できるのであれば、近似値をもって満足せざるを得ない推計による所得の算出を行う必要はなくなるから、原告の所得が実額で把握できるかどうかをまず検討することも考えられる。しかし、被告のした推計にこれを適法とさせる要件が欠けていることが判明すれば、その余の点に立ち入るまでもなく、本件各処分は違法として取り消されることとなるが、一方原告の所得が実額で把握できないことが判明したからといって、それが故に直ちに本件各処分が適法となるものではない。従って、以下においては、被告の更正の適法性に関する主張・立証から検討していくこととする。

二  本件調査の経緯について

抗弁2(二)のうち、村上係官が、昭和六三年五月一三日、午前一〇時ころ、原告の事業所に来訪し、原告に対し、係争各年分の所得税の調査のため来所した旨告げて、係争各年分の帳簿書類等の提示を求めたこと、原告が同係官に調査理由を尋ね、同係官が所得の確認である旨答えたこと、原告が同係官に右回答では納得できない旨述べ、より具体的な調査理由の開示を求めたこと、原告が帳簿は自宅にあると述べたこと、同係官が、原告から事業の概況を聴取したこと及び同係官が原告に同月一八日午前中に再度調査に臨場すると述べたこと、同(三)のうち、村上係官が、五月一八日に原告の事業所を訪れ、原告に対し、帳簿書類の提示を求めたこと、原告が同係官に今日は約束していないと述べたこと、原告が同係官に調査理由を問い質し、同係官が調査理由は所得金額の確認である旨説明したこと、原告が所得金額の確認という説明では納得できない旨述べて、より具体的な調査理由の開示を求めたこと、村上係官が、原告に署独自の調査を進めると告げ、原告が署独自の調査とは反面調査のことかどうか問い質したこと、同(四)のうち、原告が、昭和六三年六月四日、村上係官の不在中に、雪谷税務署に電話をかけ、電話に出た署員に同月八日午後一時三〇分に調査を受けると告げたこと、原告が、同月六日に村上係官に取引先に対する反面調査をやめるよう求める抗議の電話をしたこと、同(五)のうち、村上係官が昭和六三年一〇月二一日に原告の事業所に臨場したこと及び同係官が原告に所得金額を告げて修正申告を促したこと、以上の事実は当事者間に争いがなく、右事実に、<証拠略>を総合すると、次の事実が認められる。

1  被告所部の渡辺七生統括官は、原告の所得については、昭和四五年分の調査をしてから、五年以上にわたり調査を実施していないこと及びその所得税の確定申告書には、収入金額及び必要経費等の事業収支の記載がなく所得税法一二〇条四項に規定する内訳書の添付もないことから、その申告内容の適否を確認する必要があるとして、村上係官に調査を命じた。

2  村上係官は、昭和六三年五月一三日午前一〇時ころ、原告の事業所に赴き、作業中の原告に対し、係争各年分の所得税の調査のために訪れた旨を告げて、帳簿書類の提示を求めた。これに対し、原告は、自分のところは調査される理由がないこと、帳簿は自宅にあること、事前連絡もしない調査には応じられないことを述べた。同係官は、所得金額が正しく申告されているかどうかを確認するため調査する旨を説明した。原告は納得せず、なお具体的な調査理由の開示を求めたが、同係官は、それ以上に具体的な理由を述べることをしなかった。原告は、同係官の質問に応じて、従業員は原告と妻の二人であって、以前は南雪谷に事務所があり、その後現在のところに移ってきたこと、帳簿に記帳しており、領収書等も保存していること、昭和四三年に開業し、電子部品の加工を行っていることなどを答えた。同係官は、原告があくまでも具体的な調査理由の開示を求めているほか、帳簿は自宅にあると述べてその提示が望めない状況であったことから、その日は調査を打ち切ることにし、辞去する際、原告に、同月一八日の午前一〇時に再度調査に来るので、その際には係争各年分の帳簿書類を用意するよう告げた。

3  村上係官は、五月一八日午前一〇時ころ、再度原告の事業所を訪れたが、原告は、今日調査をするということは同係官が一方的に決めたことであり、調査を受ける約束はしていないと述べ、特に財産や預金があるわけではないのに、何故自分のところに調査に来るのかと理由を尋ねた。同係官は、原告以外の者に対しても調査をしていると述べ、帳簿の提示を求めたが、原告は「仕事が忙しい。」と言ってこれに応じなかった。同係官は仕事をしながらでもよいから帳簿を見せてほしいと述べて、なお提示を求めたが、原告は調査理由に納得したら帳簿をみせると述べ、これに応じなかった。同係官は、調査理由は申告額が正しいかどうかの確認であると繰り返し告げたが、原告は納得したら帳簿を提示するが、それでは理由になっていない、六月になったら調査を受けてもよい旨述べた。同係官は、右応答の状況から、当面原告の協力を得ることはできないと考え、署独自の調査を進めながら原告を説得することにして、原告に対し、六月までは待てないこと、今日はこれ以上調査が進展しないので、署の方で独自の調査をすることを告げた。これに対し、原告は「独自の調査とは取引先に対する反面調査のことか」と問いただし、同係官は「そうです。」と答え、その場を辞去した。

4  右の経緯により、村上係官が原告の受注先、取引銀行等について調査を実施したところ、その調査開始後まもなくである五月二四日に、原告からの電話で、反面調査をやめるよう申し入れを受けた。原告は、六月四日、雪谷税務署に電話し、同月八日の午後一時三〇分に調査を受ける旨を連絡した。原告は、同月六日午前九時ころにも、村上係官に、反面調査は営業妨害であるからやめてもらいたいとの抗議の電話をした。その際、同係官は同月八日には係争年分の帳簿書類を提示してもらえるかと尋ねたが、原告はそれは約束できないと答えた。そこで、同係官は、署の方である程度調査を進めてから連絡すると告げた。同日、同係官が銀行からの反面調査から署に戻ってきた時、再び、原告から反面調査について抗議する旨の電話を受けたが、原告は、その際にも、調査理由に納得しなければ帳簿は提示できないと述べた。そこで、同係官は、このように調査理由に固執する原告の態度からすると、再度臨場調査しても、前回の調査と同様に、帳簿の提示がなされないままに終わり、調査の進展は見込めないものと判断して、原告に対し、帳簿書類の提示が約束されない限り、同月八日には調査に臨場しないと告げた。

5  原告は、六月八日に村上係官が調査に訪れなかったことから、雪谷税務署に調査に来なかったことを抗議する電話をし、同月一四日雪谷税務署を訪れ、職員に同様の抗議をした。同署職員から原告が抗議に来たことを聞いた村上係官は、同日夕方、原告に電話をして、係争各年分の帳簿の提示を約束するのであれば調査に行く旨を告げたが、原告は、何の話し合いもせずに帳簿を提示することはできないこと及び調査理由に納得すれば帳簿を提示することを述べるにとどまった。

6  村上係官は、右のように依然として原告から調査に対する協力が得られなかったので、いわゆる反面調査を続行し、右調査結果に基づき推計により原告の係争各年分の所得金額を算定し、同年一〇月二一日、原告の事業所に臨場し、本件調査によって把握した本件係争各年分の原告の所得金額等を説明するとともに右所得金額によって修正申告の提出を勧めたが、原告はこれに応じなかった。

以上の事実を認めることができる。

なお、原告は、五月一八日の臨場調査は、予め断っていたと主張し、その本人尋問の結果によれば、同月一三日の調査の際、村上係官が一八日に再度調査に来る旨申し入れたのに対して、原告が「五月一八日はまずいから来月にしてほしい。」と述べたことが認められる(証人村上聡の証言中この認定に反する部分は採用しない。)。しかし、原告本人尋問の結果によれば、原告の右発言に対し、村上係官は五月一八日にまた来ますと告げて辞去したことが認められるが、同係官の右発言の後に、原告が更にこれに対して異議を述べたことを認めるに足りる証拠はない。このような経緯からすれば、原告が同係官に対し、五月一八日の臨場調査に来ることを拒絶したものとまで認めることはできない。

また、原告は、村上係官が六月八日に調査に来ることを約束したかのように主張するが、右認定したところによれば、右主張は採用できず、かえって、村上係官は六月六日の電話で、原告に対し、六月八日には調査に行かないという意思を明確に告げたものと認められる。

三  本件各更正の適否

1  推計課税の適法性について

(一)  調査に必要性がないとする主張について

所得税法二三四条一項が定める質問検査権行使の要件たる「所得税に関する調査について必要があるとき」を、原告の主張のように限定的に解釈しなければならない根拠はなく、右の質問検査権は、権限を有する税務職員において、諸般の事情から、その合理的な裁量により必要性があると判断した場合はこれを行使できるものと解され、必ずしも納税者に過少申告の疑いがない場合であるからといって、その必要性がないとすることはできない。

本件において、原告は、昭和四五年分所得税について調査を受けて以来五年以上調査されておらず、また、原告の所得税の確定申告書に収入金額及び必要経費等の金額の記載がなく、これらの金額を記載した内訳書の添付もなされていなかったため、その申告の適否を確認する必要があると判断したというのであって、そのような事情の下にあっては、原告の所得税に関する調査を行った措置に何ら裁量権の逸脱、濫用の違法はないというべきである。

(二)  調査に事前通知を欠くことの違法性に関する主張について

原告は、本件調査が、事前告知をすることなくされたから違法であると主張する。しかしながら、事前に被調査者に通知することが質問検査権を行使するについての要件であると解すべき実定法上の根拠はなく、事前通知をするかどうかの判断は、権限を有する税務職員の合理的な裁量に委ねられていると解される。

<証拠略>によれば、村上係官は被調査者の事業の現状をありのまま確認するため事前通知をせずに調査に臨んだことが認められ、右判断は、質問検査権行使の実効性の確保という目的に出たもので合理性がある。従って、同係官の調査には、同係官に委ねられた裁量権を逸脱し、または、これを濫用する点はないから、右各調査に原告主張の違法はない。

(三)  調査理由の告知の違法性に関する主張について

原告は、本件調査は、調査理由を告知せずになされたから違法である旨主張する。しかしながら、被調査者に調査理由を開示することが質問検査権を行使するについての要件であると解すべき実定法上の根拠はなく、調査理由の開示の可否、開示の程度の判断は、権限を有する税務職員の合理的な裁量に委ねられていると解される。右に認定した事実によれば、村上係官は、本件の各調査の際、調査理由については申告された所得金額の確認であるとのみ述べ、それ以上に具体的な理由を告げていないが、そうであるからといって同係官の調査に、同係官に委ねられた裁量権を逸脱し又はこれを濫用した点があるものとはいえないから、右各調査に、原告主張の違法はない。

(四)  反面調査の違法性に関する主張について

原告は、所得税法二三四条一項三号に基づく質問検査権の行使については、納税者本人に対する調査によっては課税標準及び税額等の内容が把握できなかった場合に限り、課税標準及び税額等の内容を把握しようとする限度において許されるとの見解のもとに、本件調査の違法をいうが、所得税法二三四条一項三号に基づく質問検査権の行使の要件を右のように解すべき実定法上の根拠はないし、例え右調査の適法性に疑問があったとしても、それ故に村上係官の原告に対する本件調査が違法となることのないことは明らかであるから、原告の右の主張は、それ自体失当である。

2  推計の必要性について

右二で認定した事実によれば、村上係官による本件調査に際して、原告が帳票書類を提示するなどこれに協力しなかったため、被告は、係争各年の原告の所得金額を実額で把握することができず、そのためやむを得ず推計により右金額を算出して本件各更正に及んだものであると認められるから、本件各更正についてはいわゆる推計の必要性を肯定することができる。

原告は、本件において、村上係官が、原告に対して長期間調査をしていないこと等の概括的な調査理由を告げるか、あるいは、ある程度話合いをすれば、帳簿書類の提示を受けられると承知していたのに、このような説得をせずに、一方的に調査を打ち切ったもので、推計の必要性がないと主張する。しかしながら、一般に、法は、調査を担当した職員に対し、被調査者をできる限り説得すべきことを義務づけ、その説得にかかわらず、納税者が協力しない場合にはじめて推計による課税処分をすることを認めているというものではない。また、本件において、村上係官は、原告に対し、繰り返し、帳簿を提示するよう求め、原告に対し一応の説得を行っているということができる。したがって、この点についての原告の主張も採用できない。

3  裁量権濫用に関する主張について

本件全証拠によっても、被告が右調査手続を行い推計による課税処分をするに至る経過において、原告が民主商工会の会員であるということを過重に評価し、同会に打撃を与えるという不正な動機を有していたとの事実を認めることはできないから、この点に関する原告の主張を採用することもできない。

4  いわゆる処分理由の差替えに関する違法の主張について

被告が、本訴において、原告が本訴で主張した収入額を基礎に、本訴提起後に収集した比準同業者の算出所得率、人件費率を乗じて推計した算出税額を主張したこと及び右算出税額が本件各更正決定時の処分理由とは異なることは、当事者間に争いがない。原告は、本訴において、更正時の算出税額の適否と異なる処分理由を主張することは許されない旨主張するが、被告は、原処分時に被告が課税標準等を認定する根拠となった事実だけでなく、原処分時に被告が考慮しなかった事実であっても、それが本件各更正を客観的に正当ならしめる事実であれば、これを維持する理由として、本訴で新たに主張することができるものと解すべきである。したがって、原告の右主張は失当である。

5  推計の合理性について

(一)  被告が本訴において主張する原告の総所得金額(いずれも事業所得の金額)は、係争各年とも、争いのない収入金額を基礎とし、これに別表第三の一ないし三の比準同業者の算出所得率の平均値を乗じて算出所得額を推計し、更に特別経費中の人件費についても右収入金額に右比準同業者の人件費率の平均値を乗じて推計し、借入金利子・割引料及び地代家賃並びに専従者控除額はそれぞれ調査によって把握したとする金額をもって、算出したものである。しかして、被告が、本訴において当初は、別表第七の一ないし三のとおり、昭和六〇年分及び同六一年分については各七件、同六二年分については五件の業者を比準同業者として主張していたこと及び、右主張後、本訴における原告の指摘に基づき、梅田剛を比準同業者に加え、比準同業者を別表第三の一ないし三のとおり、昭和六〇年分及び同六一年分については各八件、同六二年分は五件を比準同業者としたこと、以上の事実は当事者間に争いがなく、これらの事実に、<証拠略>を総合すれば、

(1) 東京国税局長は、被告並びに雪谷税務署の所轄区域に隣接する所轄区域を有する大森税務署及び蒲田税務署の各税務署長宛てに、平成二年一二月五日付けで「税務訴訟に関する資料の作成及び報告について」と題する通達を発し、係争各年分を対象年分として、<1>青色申告の承認を受けている者、<2>管内でNC旋盤を使用し、専ら機械部品加工業を営んでいる者、<3>機械部品加工業に係わる収入金額が、昭和六〇年分にあっては八四六万二〇〇〇円以上三三八四万七〇〇〇円以下、昭和六一年分にあっては九五一万六〇〇〇円以上三八〇六万一〇〇〇円以下、昭和六二年分にあっては八二四万四〇〇〇円以上三二九七万二〇〇〇円以下の範囲内にある者、<4>年を通じて右<2>の事業を継続している者並びに、<5>災害等により経営状態が異常であると認められる者に該当しない者又は更正もしくは決定処分がされている者のうち、当該処分について国税通則法又は行政事件訴訟法の規定による不服申立期間及び出訴期間が経過していない者又は当該処分に対して不服申立がされ、若しくは訴えが提起されて現在審理中である者に該当しない者を対象者(係争各年のすべての年分が右各基準に該当する者のみならず、そのいずれかの年分のみ該当する者であっても当該年分については抽出する。)として抽出し、a対象者の記号、b収入金額、c算出所得金額(売上金額から差引売上原価の額、一般経費の額及び右以外の経費で特別経費にあたらない経費の額を除いた金額)、d算出所得率(cの金額をbの金額で除したもの)、e外注費、f給料賃金及び専従者給与の額、g総人件費等の額(eの金額とfの金額を加えたもの)、h総人件費等の率(gの金額をbの金額で除したもの)を報告するよう求めたこと、

(2) 被告及び右各税務署長は、右通達に従って、それぞれ各税務署職員に右通達に従った報告書の作成を命じ、右命を受けた各税務署職員は、それぞれ各税務署が保管している業種別名簿記載の機械部品加工業者の中から、係争各年分について、右(1)<2>の金額基準に該当する者を抽出して一覧表に書き出し、次に右業者の青色申告決算書の記載に基づき、右(1)<2>、同<4>及び同<5>の抽出基準全てに該当する者を抽出する作業を行い、これら対象者の青色申告決算書の記載に基づき、それぞれ、右(1)aないしhの事項を記載した報告書を作成したこと

(3) 大森税務署長は、右報告書に基づいて昭和六〇年分及び同六一年分については各三名、昭和六二年分については二名の、蒲田税務署長は、右報告書に基づいて昭和六〇年分及び同六一年分については各四名、昭和六二年分については三名の対象者について、それぞれ右(2)のaないしhの事項を報告し、また、被告は、右報告書に基づいて該当者がない旨の報告をしたこと、

(4) 右(3)の大森税務署長及び蒲田税務署長によって報告された昭和六〇年分及び同六一年分の各七名の対象者並びに同六二年分の五名の対象者についてのbないしhの事項の内容は別表第七の一ないし三のとおりであること、

(5) 原告は独自の調査により、右(2)の対象者の外に、雪谷税務署管内における青色申告納税者である梅田剛が、係争各年とも右(1)の<1>ないし<5>の抽出基準を充たしていることを明らかにして、本訴において被告の右抽出漏れを指摘し、被告は、右原告の指摘に基づき梅田剛を比準同業者に加えたが、梅田剛についての(1)のbないしhの事項の内容は別表第三の一ないし三のとおりであること、

以上の事実が認められる。

(二)  そして、右認定事実によれば、本訴で被告が主張する原告の総所得金額(事業所得の金額)に係る推計のための比準同業者の抽出基準は、業種の同一性、事業所の近接性、事業規模の近似性の点において、原告との間に合理的と認められる程度の類似性を有し、右(一)(2)の対象者及び梅田剛はいずれも年間を通じて事業を継続する青色申告者であって、その所得金額が確定したものであるから、右(一)(2)のbないしhの事項を算出する基礎となる資料の正確性も担保されているものというべきであり、右(一)(1)及び(2)の抽出作業に鑑みれば、右(一)(2)の対象者の抽出作業に恣意が介在する余地は乏しく、かつ、右(一)(2)の対象者の抽出件数に梅田剛を加えた比準同業者の数は、同業者の個別性を拾象するに足りるものと考えられる。

これらの事情を総合すると、他に特段の事情がない限り、原告の収入金額を基礎金額とし、本件比準同業者に係る算出所得率及び人件費等の率の各平均値を用いて原告の係争各年分の事業所得に係る算出所得金額及び人件費等の金額を推計することには十分に合理性があるものと認めることができる。

(三)  同業者の抽出過程の合理性について

原告は、本件比準同業者の抽出過程の合理性について争うので、この点について検討する。

(1) 被告が審査段階において抽出した比準同業者は係争各年につき各五件ずつであったが、本訴においては、右各五件に加えて、昭和六〇年分及び同六一年分に係わる比準同業者として、別表第七の一ないし三のとおり、各二件の業者を抽出しており、右各二件の業者は審査段階における比準同業者の抽出基準を充たしていたこと、被告が審査段階において抽出した比準同業者の収入金額その他の数値が別表第六の一ないし三のとおりであること及び昭和六〇年分のC(別表第七の一対象者の記号欄C欄記載の者)並びに昭和六一年分のC(別表第七の一対象者の記号欄C欄記載の者)が、本訴で比準同業者に加えられた業者であることは、当事者間に争いがない。原告は、審査段階において抽出可能であった右各二件の業者を、被告が審査段階において抽出しなかったこと及び右各Cの算出所得率が他の比準同業者よりも高いことをもって、被告の抽出過程には恣意が介在する疑いがある旨主張する。しかしながら、<証拠略>によれば、本件比準同業者の抽出作業は、審査段階において比準同業者の抽出作業を担当した者とは異なる税務職員によって別個独立に行われたことが認められるから、審査段階における比準同業者の抽出過程に何らかの問題があったとしても、そのことから直ちに、本件比準同業者の抽出過程にも問題があるとすることはできず、原告の右主張は失当というべきである。

(2) 原告は、被告が比準同業者として梅田剛を抽出し漏らしていたことをもって、被告の比準同業者の抽出過程には恣意が介在する疑いがあると主張する。しかしながら、<証拠略>によれば、雪谷税務署管内において前記(一)(2)の比準同業者抽出作業を担当した同税務署職員藤井良和は、NC旋盤を有している業者を、各納税者の青色申告決算書の「減価償却費の計算」欄の記載を確認して抽出する作業を行った際、梅田剛の昭和六〇年分及び同六一年分の青色申告決算書の「減価償却費の決算」欄には記載がなく、減価償却費の決算が、減価償却明細書と題する別の用紙に記載されていたため、その記載に気付かず、梅田剛がNC旋盤を有している業者であることを見落として、同人を抽出するに至らなかったことが認められる。抽出作業を機械的に行っていても、このような抽出作業を担当した係官の単純な見落としによる抽出漏れは、それが人の手によってなされるものである以上、ある程度は発生しうるものであって、このような抽出漏れが一件生じたからといって、直ちに被告の本件比準同業者の抽出作業が機械的になされておらず恣意が介在している疑いがあるとすることはできない。

(3) <証拠略>によれば、本件比準同業者の抽出作業の際、前記(一)(1)の抽出基準のうち、NC旋盤の使用という基準を除いた抽出作業を充足した業者の数は、蒲田税務署管内で三〇〇件前後、大森税務署管内で一〇〇件強であったことが認められ、また、<証拠略>によれば、昭和六一年の大田区のNC旋盤の二八パーセントという導入率は、大田区経済課が、区内の企業一四九一社に対して行った大田区工業景気動向調査に付随して行ったNC旋盤導入調査に基づいて、算定されたものであること、右一四九一社中NC旋盤導入調査に回答したのは、五四七社にすぎなかったことが認められ、右事実に、<証拠略>を総合すれば、右調査は機械部品加工業を営むものを対象としてなされたものであることが推認できる。原告は、右事実から、NC旋盤の使用という基準だけで、蒲田税務署管内で三〇〇件前後に上る業者が三、四件に、大森税務署管内で一〇〇件強に上る業者が二、三件に減少するとする被告の抽出結果は、前記大田区のNC旋盤の導入率からして不合理であり、右NC旋盤の導入率に照らせば、被告が比準同業者を漏れなく抽出しているとはいえず、被告の比準同業者抽出過程には恣意が介在している旨主張する。しかしながら、右で認定したとおり、右導入率は、大田区内の全ての機械部品加工業者に対して行った調査に基づいて算定されたものではなく、調査対象となった一四五一社のうちの、調査回答のあった五四七社の調査回答に基づくものにすぎず、必ずしも大田区内の機械部品加工業者全体におけるNC旋盤の導入率の平均値と近似しているとはいえない。また、<証拠略>によれば、NC旋盤はコンピューター制御の機械であり、その価格は、係争各年当時において約一〇〇〇万円から一三〇〇万円程度であって、比較的高価であることが認められ、右事実及び<証拠略>を総合すれば、係争各年当時NC旋盤を導入していた業者は事業規模の大きな業者に多く、右大田区の調査も、原告よりもかなり事業規模の大きな企業を対象にして行われたものであって、原告と同程度の事業規模との業者のNC旋盤導入率は、右調査結果と同値とはいえないということができる。したがって、蒲田税務署管内で三〇〇件前後、大森税務署管内で一〇〇件強の業者のうちNC旋盤を使用していたとして抽出された業者の割合が、右大田区の導入率と合致しなかったとしても、それによって、被告の比準同業者抽出に漏れがあるということはできない。

(四)  比準同業者に関する資料の不正確性

原告は、本件比準同業者抽出過程における転記や計算の誤りなど資料の正確性について争うので、この点について判断する。

(1)ア 被告が審査段階において抽出した比準同業者の収入金額その他の数値が別表第六の一ないし三のとおりであることは、(三)(1)で認定したとおりであり、また、昭和六〇年分の本件比準同業者a(以下、別表第七の一ないし三記載の記号による)が審査段階における同年分のD(以下、別表第六の一ないし三記載の記号による)と、昭和六〇年分の本件比準同業者bが審査段階における同年分のCと、昭和六一年分の本件比準同業者aが審査段階における同年分のEと、昭和六一年分の本件比準同業者dが審査段階における同年分のBと、昭和六二年分の本件比準同業者aが審査段階における同年分のEと、昭和六二年分の本件比準同業者bが審査段階における同年分のDと、昭和六二年分の本件比準同業者cが審査段階における同年分のAと、昭和六二年分の本件比準同業者dが審査段階における同年分のBと、それぞれ同一の業者であること及びこれらの業者に関する資料のうち原告の指摘する部分の数値が、審査段階と本件訴訟とで食い違っていることは、当事者間に争いがなく、原告は、右数値がこのように食い違うところからすれば、被告の比準同業者に関する資料は不正確で信用できないから、被告の推計には合理性がないと主張する。

イ しかしながら、右(二)で認定したとおり、本件比準同業者はいずれも年間を通じて事業を継続する青色申告者であって、その所得金額の確定したものであるから、本件比準同業者とされた納税者が作成し提供した原資料は正確なものであったということができる。そして、本件比準同業者の抽出作業及び同業者比率の算定作業は、右(三)(2)で認定したとおり、審査段階とは別の担当職員により別個独立に行われたものであるから、同一比準同業者に関する資料の数値が、審査段階と本件訴訟とで食い違っていても、それが審査段階における原資料からの転記や計算の誤り、あるいは、審査段階と本訴における同業者比率等の算定方法の違いによって生じたものにすぎないのであれば、右食違いは、少なくとも審査段階において被告が推計の基礎とした同業者比率の不合理性に関して意味を有するにとどまり、本件比準同業者の資料の正確性に影響を及ぼすものではないといわなければならない。

ウ <証拠略>を総合すれば、

<1> 本訴における昭和六〇年分の比準同業者aの算出所得金額(別表第三の一<2>算出所得金額欄a該当欄)と審査段階の昭和六〇年分の比準同業者Dの算出所得金額(別表第六の一<2>算出所得金額D該当欄)との差額は、審査段階では特別経費として算定していなかった工場設備配線の減価償却費を、本訴においては特別経費として算定したこと及び審査段階において経費の合算を誤ったことによって生じたものであること、

<2> 本訴における昭和六〇年分の比準同業者bの総人件費等の率(別表第三の一<9>総人件費等の率欄b該当欄)と審査段階の昭和六〇年分の比準同業者Cの総人件費等の率(別表第六の一人件費等の率欄C該当欄)との差は、bの昭和六〇年分の外注費を、審査段階において誤って計算したことによって生じたものであること、

<3> 本訴における昭和六一年分の比準同業者aの算出所得金額(別表第三の二<2>算出所得金額欄a該当欄)と審査段階の昭和六一年分の比準同業者Eの算出所得金額(別表第六の二<2>算出所得金額E該当欄)との差額は、審査段階では特別経費として算定していなかった工場設備配線の減価償却費を、本訴においては特別経費として算定したこと及び審査段階において経費の計算を誤ったことによって生じたものであること、

<4> 本訴における昭和六一年分の比準同業者dの算出所得金額(別表第三の二<2>算出所得金額欄d該当欄)と審査段階の昭和六一年分の比準同業者Bの算出所得金額(別表第六の二<2>算出所得金額B該当欄)との差額は、審査段階では特別経費として算定していなかった廃棄損を本訴においては特別経費として算定したことによって生じたものであること、

<5> 本訴における昭和六二年分の比準同業者aの算出所得金額(別表第三の三<2>算出所得金額欄a該当欄)と審査段階の昭和六二年分の比準同業者Eの算出所得金額(別表第六の三<2>算出所得金額欄E該当欄)との差額は、審査段階では特別経費として算定していなかった工場設備配線の減価償却費を、本訴においては特別経費として算定したことによって生じたものであること、

<6> 本訴における昭和六二年分の比準同業者bの算出所得金額(別表第三の三<2>算出所得金額欄b該当欄)と審査段階の昭和六二年分の比準同業者Dの算出所得金額(別表第六の三<2>算出所得金額欄D該当欄)との差額は、審査段階では特別経費として算定していて賃借料を、本訴においては特別経費に該当しない経費としたため生じたものであること、

<7> 本訴における昭和六二年分の比準同業者cの算出所得金額(別表第三の三<2>算出所得金額欄c該当欄)と審査段階の昭和六二年分の比準同業者Aの算出所得金額(別表第六の三<2>算出所得金額欄A該当欄)との差額は、審査段階において計算を誤ったことによって生じたものであること、

<8> 本訴における昭和六二年分の比準同業者dの算出所得金額(別表第三の三<2>算出所得金額欄d該当欄)と審査段階の昭和六二年分の比準同業者Bの算出所得金額(別表第六の三<2>算出所得金額欄B該当欄)との差額は、審査段階では特別経費として算定していなかった旋盤の割増償却費を、本訴においては特別経費として算定したこと及び審査段階では特別経費としていた金利切替費用を、本訴においては特別経費に該当しない経費としたことによって生じたものであること、

以上の事実を認めることができ、右事実によれば、原告の指摘する本訴と審査段階における比準同業者の数値の食い違いは、いずれも、審査段階における計算や転記の誤り及び審査段階と本訴における経費の算定方法の違いによるものであって、本件の同業者比率算定過程におけるものではないということができるから、右の食い違いがあるからといって、被告の推計に合理性がないとすることはできない。

(2) <証拠略>によれば、原告の所属団体である雪谷民主商工会の職員須永三紀夫は、同会の会員が審査請求人となった審査請求事件において蒲田税務署、大森税務署及び被告が国税不服審判所に提出した同業者比率算定表及び営庶業所得調査書を、国税不服審判所において閲覧、謄写したこと、同人は右閲覧謄写した資料をもとにこれら比準同業者のうち総収入金額が等しい業者について算出所得金額及び特典控除前の所得金額を比較対照する分析を行い、右分析結果によれば、右資料における比準同業者六一一件のうち、同一年分の同一業者であると推定される比準同業者が八五例、一八四件存在し、そのうち、特典控除前所得金額あるいは算出所得金額が異なるものが三二例、七〇件存在したことが認められる。このことから、原告は、右の差は、被告の青色申告決算書からの転記ミスと思われ、各税務署が「同業者比率算定表」をもとにして算定した算定所得率、所得率の信憑性は乏しいから、右算定所得率、所得率を基礎としたなされた被告の推計の主張も不正確なものであり、合理性を欠くと主張する。

しかしながら、右相違は、いずれも本件とは別個の国税不服審査請求における資料において生じたものであるから、右相違が仮に各税務署の転記ミス等によるものであったとしても、それによって、直ちに本件における資料に転記ミスがあったということにはならない。

また、弁論の全趣旨によれば、複数の審査請求事件について偶々同一業者を比準同業者として抽出した場合であっても、青色事業専従者がいる業者を、同じく青色事業専従者がいる審査請求人の比準同業者として抽出する場合には、右業者の事業専従者給与額を収入金額から差し引かないで、青色申告者特典控除前の所得金額を算出し、所得率を算定するのに対し、その業者を青色事業専従者のいない審査請求人の比準同業者として抽出する場合には、審査請求人の営業条件に適した所得率の算定を行うために、右業者の事業専従者給与額を専従者に替わる被用者の給料賃金として振り替え、右額を特別経費として収入金額から差し引いて青色申告者特典控除前の所得金額を算出し、所得率を算定することがあるため、青色申告者特典控除前の所得金額が、審査請求事件によって異なり得ることが認められるのであり、算出所得金額についても、右(二)(1)で認定したとおり、本訴と審査段階とで、特別経費として別に算定する項目が異なったために、算出所得金額に差が生じ得ることが認められる。そうすると、同一業者の算出所得金額あるいは青色申告者特典控除前の所得金額が、審査請求事件ごとに異なることがあったとしても、その相違によって直ちに、右審査請求における同業者比率算出過程ないしその算出の資料が不正確であるということにはならず、被告による本件比準同業者の算出所得率算定の資料が不正確であるとか、算定所得率の信憑性が乏しいとかいうことはできないから、原告の右主張を採用することはできない。

(五)  本件更正手続の適法性について

原告は、被告が本件比準同業者の青色決算書の写しを提出しないことは適正手続を欠くものであって、許されない旨を主張するが、右写しを提出するかどうかは、その推計方法の合理性をどのように立証するかという被告の選択にかかることであって、本件のように、通達回答の方法による立証を選択したからといって、何ら主張の適正を欠くこととはならないから、右主張は採用することができない。

(六)  原告の特殊事情について

(1) 原告は、昭和六〇年一月に南雪谷から久が原に作業所を移転させ、同年五月にNC旋盤を導入し、昭和六二年一一月にもう一台のNC旋盤を導入しており、これらの営業状態の急変の中で、過大な設備投資と売上の減少、賃料及び外注費の増大、消耗工具費の急増などのため利益は少なかったという特殊事情があるから、原告の所得を推計する際に、同業者の平均値を用いることは適当でない旨主張する。

(2) <証拠略>によれば、原告は、昭和六〇年一月までは、南雪谷に、高橋レイから月三万五〇〇〇円の賃料で賃借して事業所を有していたが、久が原五丁目一六番五号の事業所を、乘田泉からそれまでの五倍近くに当たる月一五万五〇〇〇円の賃料で賃借して同月にそこに移転したこと、原告は、同年五月、代金一三一〇万円で、NC旋盤を購入しており、その購入後は、主にNC旋盤を使用する石徳製作所に対する日野自動車の部品加工の仕事を中心に行うようになり、NC旋盤を使用しない加工の仕事は、もっぱら外注に頼るようになったこと並びに原告は昭和六二年一一月に代金一〇六八万円で二台目のNC旋盤を購入したこと、以上の事実を認めることができる。

(3) 右認定事実によれば、原告の賃料負担は、大幅に増加している。しかしながら、被告は、地代家賃については推計によらずに実額に基づいて経費額を算定しているから、賃料の増大という事実は、本件推計の合理性の有無とは無関係なものというべきであって、これをもって原告の特殊事情とする原告の主張は失当である。

(4) また、売上金額の増減については、原告の係争各年の売上金額が別表第八の一のとおりであることについては争いのないところ、右売上金額は、昭和六〇年分で一六七八万八九四七円、昭和六一年分で一八九〇万一四四七円、昭和六二年分で一六四五万一〇三一円となっており、昭和六一年には、前年に比べおよそ一七〇万円の売上金額の増加が認められ、他に係争各年を通じて特に原告の売上が急激に減少したと認めるに足りる証拠はない。

更に、消耗工具費の増加という点については、NC旋盤以外の旋盤機械であっても消耗工具を使用しなければならないのであるから、NC旋盤導入以前であっても、ある程度の消耗工具費は支出されていたはずであって、NC旋盤が特に他の旋盤に比べて消耗工具が必要であるとか、NC旋盤導入後の消耗工具費の支出がそれ以前の消耗工具費をはるかに超えている等の事情を認めるに足りる証拠がない以上、係争各年に至って、消耗工具費が急増したとの事実を認めるに足りる証拠はないといわなければならない。

(5) そして、所得税法が推計課税を認めている以上、合理的な基準によって抽出された比準同業者の間に通常存在する程度の営業条件の差異は、ある程度の数の比準同業者の経費率、人件費率、所得率等の平均値を求める過程で包摂され、その平均値によって捨象されているというべきであるから、原告についてあるという個別事情が同業者率による算定を不合理にするような特殊性を有するとされるためには、かかる事情が原告と事業規模の近似する同業者には通常みられない特異なものであり、その事情があれば、原告の経費率が右同業者の平均値とはかけ離れた数値となるであろうと考えられるものでなければならない。

そこで、原告主張の事情が、右のような事情にあたるといえるかどうかについて検討する。

被告は、比準同業者として、原告と事業規模がそれほど異ならず、NC旋盤を導入した同業者である者を抽出している。一般に、これらの事業規模の業者にとってNC旋盤は相当高額な設備であろうし、このような事業規模の業者にあっては作業に従事する人数が通常多くなく、NC旋盤を導入したことにより従来の他の旋盤を使用する仕事に人手をさけなくなることは十分あり得よう。これらのことを考慮すると、NC旋盤を導入したことによって設備投資費や外注費が増大するという事情は、この程度の規模の業者には一般に起こりうるものとみられ、これら類似同業者もNC旋盤の導入に伴い原告と同様の事情を抱えていることが十分考えられる。

以上のことは、原告が実額を主張している係争各年の外注費及び人件費の額の収入金額に占める割合を、本件比準同業者のそれと比較してみても明らかである。すなわち、原告が実額を主張している係争各年の収入金額及び外注費並びに人件費の額は、別表第八の一記載のとおりであるところ、右外注費及び人件費の額の、右売上金額に対して占める割合を計算する(昭和六一年分及び昭和六二年分については別表第八の一記載の専従者控除額を人件費の額に加えて計算することとする)と、昭和六〇年分で三一・四五パーセント、昭和六一年分で二八・九三パーセント、昭和六二年分で二三・七三パーセントとなる。そして右数値を、別表第三の一ないし三の、本件比準同業者の外注費及び人件費の額の、右収入金額に対して占める割合(同表各一の<7>総人件費の率)と比較すると、原告の数値は、昭和六〇年分については、右比準同業者の総人件費の率の平均値二六・六〇パーセントを四・八五パーセントほど上回っているものの、昭和六〇年分の比準同業者の中には、原告の三一・四五パーセントを超える数値の者が三件あり(別表三の一のbの三三・九〇パーセント、gの三五・七一パーセント、梅田剛の三四・九五パーセントである)、昭和六一年分及び昭和六二年分については、原告の数値が比準同業者の平均値より低いことがわかる。

以上によれば、原告の設備投資及び外注費の負担がNC旋盤の導入により増加したとしても、それは、NC旋盤を導入した類似同業者に一般に起こりうることであって、原告のみに生じた特異な事情ということはできない。

(6) 以上によれば、原告の主張する事情はいずれも、右(二)の被告の推計の合理性を否定するような特段の事情にあたるということはできず、他に右特段の事情が存在するという主張立証はないから、右推計には優に合理性を肯定することができる。

6  原告の実額主張について

原告は、日常作成していたと主張する「所得計算資料」及び原告が保存していたと主張する請求書、領収証等の帳票類によって、係争各年の原告の事業所得金額の実額を主張・立証し、その算出根拠は別表第八の一のとおり(そのうち収入金額の明細は別表第八の二の、減価償却費の明細は別表第八の三の一ないし三のとおりである)であると主張する。

そこで、まず、本訴における係争各年の原告の事業所得の算出過程に係る原告の主張のうち、本件比準同業者の平均率を用いて推計を行っている算出所得金額及び人件費等の額の部分並びに右推計の基礎数値である係争各年の原告の収入金額の部分について、原告の右実額主張の当否を検討する。なお、原告は、算出所得額の主張まではしていないので、収入金額及び一般経費の実額主張を検討したうえ、収入金額から一般経費額を算出控除した金額について検討する。

(一)  収入金額について

原告が別表第八の二記載の相手方から同表記載の金額の収入を得たことについては、当事者間に争いがない。

(二)  一般経費について

(1) 原告の経費の実額主張に関し、被告は、調査によって把握できた限りの収入金額を推計の基礎としているのであって、それが原告の収入金額のすべてであると主張しているわけではないから、原告が実額主張をする場合においては、右収入金額がすべての取引先からの総収入金額であることまで主張立証するか、又は、右収入金額と原告の主張する経費との別個・限定的な対応関係についてまで主張立証することを要すると主張する。

しかしながら、被告主張の収入金額に捕捉漏れがあることを疑うに足りる理由が示されたとか、原告の経費実額の主張が、その収入金額と通常バランスを失するものであることが示されたような場合において、はじめて実額主張に係る収入金額と経費との対応関係の立証が必要とされるものと解すべきである。本件においては、被告はその推計に基礎とした原告の収入金額について、原告の主張額をそのまま前提としており、その額は被告が反面調査によって把握した不服審査段階における主張額を上回っているもので、原告は売上先ごとのその内訳金額をも明らかにしていること、原告の実額主張においては算出所得率は昭和六〇年分が五五・九二パーセント、同六一年分が六〇・九七パーセント、同六二年分が五一・二五パーセント、であり、被告主張の比準同業者の平均率よりは低いものの抽出された同業者の中には、これとほぼ同程度の率の者も存在すること、人件費等の率は前述のとおり昭和六〇年分が三一・四五パーセント、同六一年分が二八・九三パーセント、同六二年分が二八・七三パーセントであって、同六〇年分については被告主張の比準同業者の平均率よりも高いものの、抽出された同業者の中には、これを下回る率の者も存在し、同六一年分及び同六二年分は、被告主張の比準同業者の平均率よりは低いこと、その他原告の主張する額に係る収入より他に収入のあることについて何ら推測させるもののないことからすれば、本件は被告主張の対応関係の立証を必要とすべき場合に当たらないというべきである。

(2)ア 係争各年の原告の一般経費の実額を証するための証拠としては、請求書、領収書、出金伝票等の帳票類(<証拠略>)のほか、受取証明書(<証拠略>)及び必要経費取引先明細書(<証拠略>)が提出されている。

イ 証人馬場良彰及び原告本人の各供述によれば、右アの必要経費取引先明細書は、本件裁決がなされた後である平成二年八月から九月頃にかけて、雪谷民主商工会事務局員であった同証人が、原告が本訴を提起するかどうかの判断資料とするために、原告の保存する請求書、領収書等の帳票類及び原告が作成した所得計算資料と題する帳簿並びに原告からの聞き取りに基づいて作成したものであり、また、右帳簿は、原告が各年度末に右帳票類をまとめて集計したうえ、収入金額及び必要経費をそれぞれ月別、得意先ごとに記載したものであったとされる。

しかしながら、原告が本件訴訟において右帳簿を証拠として提出していないことは訴訟上明らかであり、また、<証拠略>によれば、原告が、審査請求手続においても、他に提出すべき証拠資料はないとして、右帳簿を国税不服審判所に証拠資料として提出しなかったことが認められ、右各事実に、原告が、審査請求及び本件訴訟の各段階において右帳簿を提出することについて何らかの支障があることは考え難いことを考え併せると、右帳簿は、存在するとしてもその内容が原告主張のとおりのものであると認めることは困難である

そして、本件訴訟記録に徴すれば、右必要経費取引明細書の記載の中には、アの帳票類の裏付けの存しない部分が存することが明らかであるところ、右記載のうち、右帳簿のみに基づいて記載されたとされる部分については、右のように、その基礎となったとされる帳簿の存在や内容に必ずしも信を措き難いから、それによって原告の支出の事実を認めることはできないといわざるを得ない。以上のとおり、右必要経費取引先明細書の記載は本訴における各経費の支出に係る原告の主張を整理し、原告の主張を準備するための資料としての意義を有するにすぎず、その証明力もその記載の基となった各帳票類のそれを超えるものではないから、その記載のみによって、原告に支出を認定することは困難である。

ウ 右アの帳票類のうち、請求書、領収書には、宛て名を「上様」とし若しくはその記載のないもの、作成日付の全部若しくは一部の記載がないもの、作成者の名下の印若しくは訂正印がないもの、又は標題等に不備があるものが含まれている。<証拠略>を総合すれば、原告は、係争各年当時、事業に係る請求書、領収書等の帳票類を、年度ごとにダンボールに分別し、当該年分は事業所に、前年以前の分は自宅にそれぞれ保管していたことが認められ、右保管状況に鑑みれば、右アの帳票類のうち請求書、領収書については、後記(3)以下に個別に摘記するものを除いて、右不備のあるものも含めて当該帳票類に係る経費の支払の事実を認めることができるものというべきである。

エ 右アの出金伝票は、原告本人尋問の結果により、いずれも原告が作成したものであることが明らかである。これら出金伝票の中には、作成年月日、相手方の明らかでないものが含まれているおり、また、そのほとんどが、領収書や請求書の裏付けがないものである。本件では、右イのとおり、現金出納帳等の帳簿の提出がないのであるから、領収書や請求書の裏付けがない出金伝票については、帳簿等の客観的な資料によって、その記載の正確性を検証することができないうえに、<証拠略>に照らせば、右出金伝票の記載は、信用性に乏しいといわざるをえない。従って、アの出金伝票については、後記(3)以下に個別に摘記するものを除いて、その記載が支出の事実を認めるに足りるだけの客観性を有した資料とはいえず、その記載のみによって、支出の事実を認めることはできない。

オ 右アの受取証明書は、いずれも原告の取引先を作成名義とした原告との取引の年月日及び取引金額を証明する旨の文書であるが、<証拠略>によれば、これらの受取証明書は、平成三年一二月から平成四年にかけて、原告が係争各年当時から保管していた領収書を、取引先に提示したうえ受取証明書の用紙に署名あるいは記名押印してもらう方式で作成されたものであること、右受取証明書の取引年月日及び取引金額の記載は、いずれも同じ筆跡によって書かれており、受取証明書に署名あるいは記名押印した取引先が自ら記載したものではないこと、取引先の中には、自らが作成者となっている領収書を示されただけで、それが上様領収書であっても、特に帳簿等の記録と照合することもしないで、受取証明書に署名押印あるいは記名押印をしてしまった者もいたことが認められる。そして<証拠略>によれば、取引先が記名押印した際には、取引年月日及び取引金額の記載がいまだなされておらず、取引先がいわば白地の受取証明書に署名押印あるいは記名押印したこともあったことが認められる。以上の事実によれば、右受取証明書の記載は、必ずしも取引先が個々の取引の事実を正確に認識したうえでこれに署名押印あるいは記名押印したものとはいえず、従って、取引の事実を正確に証するものとはいえないし、また、その証明力がその記載のもととなった領収書を越えるものであるということはできない。従って、右受取証明書の記載によって、直ちに、右取引が原告との間でなされたと認定することはできないというべきである。

カ そこで、以下、右イないしオで述べたことを前提として、本件で提出された各証拠により係争各年の原告の事業所得に係る一般経費の額を実額で認めることができるか否かについて検討する。

(3) 昭和六〇年分

ア 材料費   一九八万二三七九円

別表第九の一及び二書証欄掲記の各証拠(いずれも弁論の全趣旨によりその成立の真正を認め得る。)及び弁論の全趣旨によれば、原告は昭和六〇年分の事業所得に係る材料費として同表記載の金額を支出したことが認められる。

イ 公租公課    二万三七五〇円

a 原告は、昭和六〇年当時保有していた普通乗用自動車(車種は日産スカイライン。以下「スカイライン」という)の自動車税として都税事務所に対し三万九五〇〇円を支出した旨主張する。

その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき<証拠略>及び原告本人尋問の結果によれば、スカイラインに係る昭和六二年分の自動車税として、原告が三万九五〇〇円を支出したことが認められ、<証拠略>によれば、原告が昭和六〇年当時から、右スカイラインを保有し使用していたことが認められ、以上の事実によれば、原告が昭和六〇年においても、同年分のスカイラインに係る自動車税として三万九五〇〇円を支出したことが推認できる。

b <証拠略>によれば、原告が係争各年当時、右スカイライン一台の外に、軽トラック(車種はスバル・サンバー)一台を保有していたこと、係争各年当時、材料の運搬と納品は、主に軽トラックを利用して行い、スカイラインは主として通勤に使用していたことが認められる。なお、スカイラインは材料の運搬や納品等に使用していたとの原告本人の供述については、係争各年当時、材料が大きくてスカイラインで運ぶのは無理である旨の原告本人の供述及び材料の運搬や納品には軽トラックの方が適しており、納品及び材料の運搬作業を行うのは原告だけである以上、納品及び材料の運搬作業用としては軽トラック一台があれば十分であることを併せ考えると、スカイラインを納品に使用していたと認めることは困難である。

以上の事実によれば、右二台の車両のうち、軽トラックは、事業専用に使用された車両ということができるが、スカイラインは、それが原告の通勤に利用された限度においてのみ、事業に使用されたものと認めることができるにとどまる。

そうすると、右スカイラインに係る支出については、その約五割をもって、原告の事業に係る経費とすることが相当であると認められるから、原告が支出した昭和六〇年分の自動車税三万九五〇〇円についても、そのうちの五割に相当する一万九七五〇円を、原告の同年分の事業所得に係る公租公課の金額と認めることができる。

c <証拠略>によれば、原告が昭和六〇年ころ東京都から一〇〇〇万円を借り入れた際に使用した印紙の購入代金として、原告が郵便局に対し四〇〇〇円を支出したことが認められ、右は、昭和六〇年分の事業所得に係る公租公課と認め得る。

d なお、原告は、<証拠略>を、印紙代一万二〇〇〇円の支出を証する書証として提出しているが、<証拠略>によれば、右メモ書は、本件について審査請求を行う際に、原告の所属団体である民主商工会の事務局員が、領収書の耳の数を数えるなどして、印紙代を概算して作成したものにすぎず、その記載金額の支出があったことを証するに足りる書証と評価することはできない。従って、右の原告主張の支出を認めることはできない。

ウ 荷造運賃    四万五六〇〇円

別表第一〇の書証欄掲記の<証拠略>によれば、原告は昭和六〇年分の事業所得に係る荷造運賃として同表記載の金額を支出したことが認められる。

エ 水道光熱費  五〇万五一七五円

別表第一一の一及び二書証欄掲記の<証拠略>によれば、原告は昭和六〇年分の事業所得に係る水道光熱費として右各表記載の金額を支出したことが認められ、右各表記載の金額の合計は五〇万五一七五円となる。

なお、<証拠略>の領収書は、いずれも原告宛てではなく、他に原告が右他人名義で光熱費を支払ったと認めるに足りる証拠はないから、右各書証をもって、原告の支出に係るものと認めることはできない。また、弁論の全趣旨によって真正に成立したとものと認め得る甲第三三号証の二によれば原告が水道光熱費として二二一二円を支出していることが認められるが、同第三三号証の二によれば、右二二一二円は昭和五九年一二月分の光熱費としてそれぞれ支出されたものであることが明らかであるから、右支出を昭和六〇年分の事業所得に係る水道光熱費として認めることはできない。

オ 旅費交通費   一万六五〇〇円

<証拠略>によれば、原告は、NC旋盤の使用方法についての研修に参加して、講習主催者である日立精機株式会社に宿泊費として一万六五〇〇円を支払ったことが認められ、右支出は、昭和六〇年分の事業所得に係る旅費交通費ということができる。

カ 通信費    一九万四三四八円

別表第一二の書証欄掲記の<証拠略>によれば、原告は昭和六〇年分の事業所得に係る通信費として同表記載の金額を支出したことが認められる。

キ 接待交際費     六六八〇円

別表第一三の書証欄掲記の<証拠略>によれば、原告は昭和六〇年分の事業所得に係る接待交際費として同表記載の金額を支出したことが認められる。

ク 損害保険料   四万四二三五円

別表第一四の書証欄掲記の<証拠略>によれば、原告は昭和六〇年分の事業所得に係る損害保険料として同表記載の金額を支出したことが認められる。

スカイラインの自動車保険保険料についても、前記イbの自動車税と同様、スカイラインが事業のために使用されたと認められる限度においてのみ、事業に係る経費とすべきであり、その割合は五割とするのが相当であるから、原告が鶴原保険事務所に支払ったスカイラインの自動車保険保険料のうち、その五割に相当する一万三〇五円のみを原告の事務所得に係る損害保険料と認めることができる。

なお、右損害保険料の外に、原告の事業所得に係る損害保険料の支出を証するものとして<証拠略>の請求書が提出されているが、前記別表第一四の書証欄記載の領収書(<証拠略>)とその額が一致しないし、後記(4)コbで述べるとおり、係争各年当時、原告は、スカイラインと軽トラックの外にも車両を保有していた可能性が高いところ、右領収書記載の金額を超過する請求額についての内訳は明らかとされておらず、他に右超過額がスカイラインや軽トラックに係るものであること認めるに足りる証拠は存しないので、右領収書によって、その記載に係る金額の支出を、昭和六〇年分の事業所得に係る損害保険料の支出と認めることはできない。

ケ 修繕費     九万〇八五〇円

別表第一五の書証欄掲記の<証拠略>によれば、原告は昭和六〇年分の事業所得に係る修繕費として同表記載の金額を支出したことが認められる。

なお、車両の修繕費の支出については、<証拠略>によってスカイラインに係る修繕費であることが明らかな九万九七〇〇円の支出については、前記イ及びク同様、その五割相当額が事業に係る修繕費と認められる。

原告は、右認定額の外にも、昭和六〇年分の事業所得に係る修繕費の支出を主張し、その証拠として<証拠略>を提出するが、前記のとおり、係争各年当時、原告は、スカイラインと軽トラックの外にも車両を保有していた可能性が高く、<証拠略>には、修繕の対象となった車両の車両番号等の記載がないから、これによって右支出がスカイラインと軽トラックのためのものであると認めることはできず、他にこれらの書証の記載に係る金額の支出がスカイラインと軽トラックに係る修繕費としてなされたことを認めるに足りる証拠はない。

コ 消耗工具費 一四六万七〇二八円

別表第一六の一ないし四書証欄掲記の<証拠略>によれば、原告は昭和六〇年分の事業所得に係る消耗工具費として同表記載の金額を支出したことが認められる。

サ 消耗品費   三二万九二〇〇円

別表第一七の一ないし四書証欄掲記の<証拠略>によれば、原告は昭和六〇年分の事業所得に係る消耗品費として同表記載の金額を支出したことが認められる。

なお、原告は、右認定額の外、係争各年当時保有していたスカイラインと軽トラックのガソリン代の支出を証する書証として<証拠略>の領収書を提出しているが、前記のとおり、右支出の中には、スカイラインと軽トラック以外の車両に係るガソリン代が相当含まれている疑いが強く、かつ、これらの領収書には、給油された車両の車両番号等の記載がなく、その記載のみによっては、これがスカイラインと軽トラックのガソリン代としてのみ支出されたものと認めることはできない。そして、他にこのことを認めるに足りる証拠はないから、原告の右主張額が認めることはできない。

シ 減価償却費  五七万〇八三二円

前記(1)イで認定したとおり、(1)アの必要経費取引明細書は、帳簿又はこれに準じる客観性を有した資料とは認められず、従って、右明細書中の減価償却費明細書に記載されている減価償却費のうち、当該年(昭和六〇年)よりも前に取得した資産に係るものについては、他にその償却額の算出の基礎となる各数値が真実と合致することを認める足りる証拠がない以上、その主張に係る償却額を認めることはできない。

これに対し、右減価償却費明細書に記載されている減価償却費で、当該年(昭和六〇年)に取得した資産に係るもので、かつ、資産取得の事実及びその取得原価を証する帳票類が存在するものについては、当該年以前の減価償却費のいかんを考慮する必要がない。よって、別表第一八の書証欄掲記の<証拠略>によって、昭和六〇年分の事業所得に係る減価償却費として同表記載の金額を認めることができる。

ス 福利厚生費     七四四〇円

別表第一九書証欄掲記の<証拠略>によれば、原告は昭和六〇年分の事業所得に係る福利厚生費として同表記載の金額を支出したことが認められる。右の金額の他に原告が昭和六〇年分の事業所得に係る福利厚生費として主張する金額を支出したことを認めるに足りる証拠はない。

セ 新聞図書費   二万五九〇〇円

<証拠略>によれば、原告は、昭和六〇年四月以降、日本経済新聞社に対し、新聞購読料金として毎月二三〇〇円ずつ、昭和六〇年一二月までに九ヵ月分二〇七〇〇円を支出していたことが認められ、また、<証拠略>によれば、原告は、昭和六〇年一二月分とそれ以前の一ヵ月分それぞれ二六〇〇円ずつ計五二〇〇円を、読売新聞社に対し、新聞購読として支出していたことが認められ、従って、原告は昭和六〇年分の事業所得に係る新聞図書費として、合計二万五九〇〇円を支出したことが認められる。なお、原告は、係争各年当時読売新聞を継続して購読しており、領収書の存しない月分の購読料金も支払っていた旨主張する。確かに、原告本人尋問の結果によれば、原告は、係争各年当時、読売新聞と日本経済新聞の二紙を購読していたことが認められるが、同時に原告本人尋問の結果によれば、原告は常に二紙を平行して継続購読していたわけではなく、一方を購読して他方は購読しない時期もあったこと、新聞は六ヵ月単位で購読契約をしていたこと、以上の事実が認められる。そして、原告が提出した領収書のうち甲第八二号証の二はその記載から昭和六〇年一二月に発行されたものであることが明らかであるが、甲第八二号証の一はその作成月日が記載されておらず昭和六〇年に作成されたものであることしか認定できない。そうすると、原告が提出した右二通の領収書だけでは、原告が読売新聞を購読していたとする六ヵ月の始期及び終期を認定することはできず、他にこれを明らかにする証拠も存しない。従って、領収書の存しない部分については、昭和六〇年に係る購読料の支出を認めることはできない。

ソ 諸会費     四万〇六〇〇円

別表第二〇書証欄掲記の<証拠略>によれば、原告は昭和六〇年分の事業所得に係る諸会費として同表記載の金額を支出したことが認められる。

タ 雑費        七二八〇円

<証拠略>によれば、原告が、工場に飾ったしめ飾りの代金として犬飼政雄に対し、七二八〇円を支出したことが認められ、右支出は昭和六〇年分の事業所得に係る雑費と認めることができる。

(4) 昭和六一年分

ア 材料費   二一六万七八一八円

別表第二一の一及び二書証欄掲記の<証拠略>によれば、原告は昭和六一年分の事業所得に係る材料費として同表記載の金額を支出したことが認められる。

イ 公租公課    一万九七五〇円

<証拠略>によれば、原告が、スカイラインについて、昭和六〇年分と同様、昭和六一年分の自動車税三万九五〇〇円をも支出したことが推認されるが、右の支出のうち、昭和六一年分の事業所得に係る公租公課として認められるのは、(3)イb同様、その五割に相当する一万九七五〇円である。また、(3)イc同様、<証拠略>のメモ書きによって、印紙代の支出を認めることはできない。

ウ 荷造運賃      三六〇〇円

別表第二二書証欄掲記の<証拠略>によれば、原告は昭和六一年分の事業所得に係る荷造運賃として同表記載の金額を支出したことが認められる。

エ 水道光熱費  六〇万九九九〇円

別表第二三の一及び二の書証欄掲記の<証拠略>によれば、原告は昭和六一年分の事業所得に係る水道光熱費として右各表記載の金額を支出したことが認められる。

オ 通信費    一五万七四六五円

別表第二四の書証欄掲記の<証拠略>によれば、原告は昭和六一年分の事業所得に係る通信費として同表記載の金額を支出したことが認められる。

カ 接待交際費   一万二〇〇〇円

<証拠略>によれば、原告は、得意先に歳暮として贈った菓子の購入代金として、株式会社有明製菓に対し、一万二〇〇〇円を支出したことが認められ、右支出は昭和六一年分の事業所得に係る接待交際費と認めることができる。

原告は、右の外、昭和六一年分の事業所得に係る接待交際費の支出を証するものとして、いずれも<証拠略>を提出しているが、(2)エで述べたとおり、これらの記載のみによって、支出を認めることはできず、他にこれらの記載金額が支出されたことを認めるに足りる証拠もない。

キ 損害保険料   二万四六〇〇円

別表第二五の書証欄掲記の<証拠略>によれば、原告は昭和六一年分の事業所得に係る損害保険料として同表記載の金額を支出したことが認められる。

なお、原告は、右認定額の外に、スカイライン及び軽トラックに係る自動車保険保険料の支出を主張し、これを証するものとして甲第九九号証の一が提出されているが、右は、甲第三八号証の一と同じ文書であるから、(3)クで述べたとおり、右文書によっては、その記載に係る金額が原告の事業所得に係る保険料として支出されたことを認めることはできない。

また、原告は倒産防止掛金として八月以降、毎月五〇〇〇円ずつ支払っていたと主張する。たしかに、甲第二二号証の四の二枚目には、「キョウサイ」という名目の下に五〇〇〇円を引き落とした旨の記載があるが、この記載のみによっては、それが真に倒産防止掛金であるかどうか認めるに足りない。

ク 修繕費    一二万一二六五円

a <証拠略>によれば、原告は昭和六一年分の事業所得に係る修繕費として安川エンジニアリング株式会社に対し、一二万円を支出したことが認められる。

b <証拠略>によれば、原告は、昭和六一年七月二一日に、日産プリンス東京販売株式会社池上営業所に対し、スカイラインの修理代として二五三〇円を支出したことが認められ、前述のとおり、スカイラインに係る支出はその五割に相当する金額を、事業に係る費用と認めるべきであるから、前記支出額の五割に相当する一二六五円を、原告の昭和六一年分の事業所得に係る修繕費と認めることができる。

c <証拠略>によれば、原告が、有限会社雪谷自動車に対し、その保有する車両に係る修理代金六万五七五〇円を支払ったことが認められるが、前記のとおり、原告は、係争各年当時スカイラインと軽自動車の外にも車両を保有していた可能性が高く、これらの書証の記載に係る修理代金の支出が、スカイラインあるいは軽自動車の修繕費としてのみ支出されたことを認めるに足りる証拠がないから、これらの書証の記載に係る支出を原告の事業所得に係る経費と認めることはできない。

ケ 消耗工具費 一一一万四九四五円

別表第二六の一ないし四書証欄掲記の<証拠略>によれば、原告は昭和六一年分の事業所得に係る消耗工具費として同表記載の金額を支出したことが認められる。

コ 消耗品費   二四万九九六八円

a 別表第二七の一及び三書証欄掲記の<証拠略>によれば、原告は昭和六一年分の事業所得に係る消耗品費(但し次項の分を除く。)として同表記載の金額を支出したことが認められる。

b 別表第二七の二書証欄掲記の<証拠略>によれば、原告は、昭和六一年当時保有していたスカイラインのガソリン、タイヤ、オイル等の代金及び軽トラックのガソリン代として、関東礦油株式会社に対し、同表記載の金額を支出したことが認められるが、右金額のうち、スカイラインに係る支出については、前述のとおり、その五割を、原告の事業に係る消耗品費とすべきである。右割合に相当する額は、同表の下欄に記載したとおりである。

なお、原告は、右認定額の外にスカイライン及び軽トラックのガソリン代を支出したことを証する書証として、<証拠略>の領収書を提出しているが、<証拠略>によれば、原告の支出額の中には、スカイラインとも軽トラックとも異なる車体番号の車両に給油されたガソリン代として支払われたものが多く混在することが明らかであるところ、右領収書には、給油された車両の記載がないから、右領収書の記載によっては、事業用の車両にのみ使用されたガソリン代であるかどうかを判断することはできない。従って、これらの領収書記載の金額を、原告の昭和六一年分の事業所得に係る消耗品費として認めることはできない。

c 甲第一〇三号証の一及び二は、いわゆる上様領収書であり、原告は、これについて取引先の日此猛商店から甲第二〇七号証の受取証明書を取ってきているが、被告も、反証として乙第一六号証の申述書を提出している。しかしながら、甲第一〇三号証の一と二については、原告が提出した証拠の中には、いわゆる上様領収書とはいえ、日比猛商店発行のものが、昭和六〇年分、六一年分、六二年分と揃っており、その取引金額も一定していることからすれば、右書証をもって、原告との取引に係るものと認めることができる。

サ 減価償却費  九九万二〇一六円

別表第二八書証欄掲記の<証拠略>によれば、原告の昭和六一年分の事業所得に係る減価償却費は、同表記載の金額であると認められる。

なお、原告が主張する必要経費取引明細書<証拠略>に記載されている減価償却費のうち、昭和六〇年以前の取得による資産については、(3)シで述べたとおり、これを認めることができない。

シ 福利厚生費   一万四八一〇円

別表第二九書証欄掲記の<証拠略>によれば、原告は昭和六一年分の事業所得に係る福利厚生費として同表記載の金額を支出したことが認められる。右の外、原告が昭和六一年分の事業所得に係る福利厚生費として主張する金額については、その支出を認めるに足りる証拠がない。

ス 新聞図書費   二万八八〇〇円

いずれも<証拠略>によれば、原告は、昭和六一年一月から一二月まで日本経済新聞社から継続して新聞を購読していたことを推認することができ、以上の事実及び<証拠略>を総合すれば、同新聞社に対し、右購読料として、一月から八月までは毎月二三〇〇円ずつ、九月から一二月までは毎月二六〇〇円ずつ支出していたと認めることができる。よって、原告は、昭和六一年分の事業所得に係る新聞図書費として、合計二万八八〇〇円を支出したことが認められる。

セ 諸会費     四万二四〇〇円

別表第三〇書証欄掲記の<証拠略>によれば、原告は昭和六一年分の事業所得に係る諸会費として同表記載の金額を支出したことが認められる。

ソ 雑費         七二〇円

別表第三一書証欄掲記の<証拠略>によれば、原告は昭和六一年分の事業所得に係る雑費として同表記載の金額を支出したことが認められる。

(5) 昭和六二年分

ア 材料費   二〇四万二〇〇六円

<証拠略>によれば、原告は昭和六二年分の事業所得に係る材料費として同表記載の金額を支出したことが認められる。

イ 公租公課    一万九七五〇円

その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき<証拠略>によれば、原告が昭和六二年にその保有するスカイラインの自動車税として三万九五〇〇円を支出したことが認められるが、原告の事業所得に係る公租公課として認められるのは、前述の昭和六〇年分、同六一年分同様、右額のうちの五割に相当する一万九七五〇円である。他に、昭和六二年分の原告の事業所得に係る公租公課の支出を認めるに足りる証拠はない。

ウ 荷造運賃      一八〇〇円

別表第三三書証欄掲記の<証拠略>によれば、原告は昭和六二年分の事業所得に係る荷造運賃として同表記載の金額を支出したことが認められる。

エ 水道光熱費  四九万八八七三円

別表第三四の一及び二書証欄掲記の<証拠略>によれば、原告は昭和六二年分の事業所得に係る水道光熱費として右各表記載の金額を支出したことが認められる。

オ 通信費    一七万六九八六円

別表第三五の書証欄掲記の<証拠略>によれば、原告は昭和六二年分の事業所得に係る通信費として同表記載の金額を支出したことが認められる。

カ 接待交際費        〇円

a <証拠略>によれば、原告がこれらの領収書記載の金額をこれらの領収書の発行者に対して支出したことは認められるが、右支出が原告の事業に係わる接待交際費としてなされたものであるとの原告本人尋問の結果はそれだけでは直ちに措信できず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

b また、原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認め得る甲第一五一号証の一及び二は、いずれも原告作成の出金伝票であるから、(2)エで判示したとおり、その記載のみによって、支出の事実を認めることはできない。他に、原告の昭和六二年分の事業所得に係る接待交際費の支出を認めるに足りる証拠はない。

キ 損害保険料   四万八五六五円

別表第三六書証欄掲記の<証拠略>によれば、原告は昭和六二年分の事業所得に係る損害保険料として同表記載の金額を支出したことが認められる。

なお、スカイラインに係る自動車保険保険料についてはその五割相当額のみが事業所得に係る経費と認められることは、(3)クで述べたとおりである。

右認定額の外、原告は、原告の事業所得に係る損害保険料の支出を証するものとして、甲第一五一号証の一ないし三を提出しているが、甲第一五二号証は甲第三八号証の一と同一のものであるから、これと同様の理由で信用することができず、また、甲第一五二号証の二については、その記載からスカイライン及び軽トラック以外の車両に係るものであることが明らかであり、また、甲第一五二号証の三は、いずれの車両に係る保険料であるかがその記載から特定できないものであるから、これらの書証からその記載の金額について、原告の事業所得に係る保険料の支出がされたと認めることはできない。他に、原告の昭和六二年分の事業に係る保険料の支出を認める足りる証拠はない。

ク 修繕費    五六万〇五二〇円

別表第三七書証欄掲記の<証拠略>によれば、原告は昭和六二年分の事業所得に係る修繕費として同表記載の金額を支出したことが認められる。

なお、右のうちスカイラインに係る修繕費については、前同様、その五割相当額のみが事業所得に係る修繕費であると認められる。また甲第一五五号証、第一五六号証の二は、いずれも、昭和六二年当時、原告がその保有する車両の修理代金を支出したことを証するものであるが、それが原告の保有するいずれの車両に係る修繕費であるかを明らかにしうる証拠は存しないから、これらの書証によって、原告の事業所得に係る修繕費の支出を認めることはできない。

ケ 消耗工具費 一三八万二〇六四円

別表第三八の一ないし三書証欄掲記の<証拠略>によれば、原告は昭和六二年分の事業所得に係る消耗工具費として同表記載の金額を支出したことが認められる。

コ 消耗品費   三三万五九二七円

a <証拠略>によれば、原告は昭和六二年分の事業所得に係る消耗品費として同表記載の金額を支出したことが認められる。

b <証拠略>によれば、原告は、昭和六二年当時保有していた軽トラックのガソリン等の消耗品代として、関東礦油株式会社に対し、同表記載の金額を支出したことが認められる。右認定額のほか、原告が事業用車両に係るガソリン代として主張する金額は、それがスカイラインあるいは軽トラックのためにのみ使用されたガソリン代として支出されたことを認めるに足りる証拠がない。

c 原告の昭和六二年分の事業所得に係る消耗品費の総額は、別表第三九の三下欄記載のとおりである。

サ 減価償却費 一一六万八五五七円

<証拠略>によれば、原告の昭和六二年分の事業所得に係る減価償却費は、同表記載の金額であると認められる。

なお、原告が主張する必要経費取引明細書(<証拠略>)に記載されている減価償却費のうち、昭和六〇年以前の取得による資産については、(3)シで述べたとおり、原告主張の減価償却費を認めることができない。

シ 福利厚生費     七九三八円

<証拠略>によれば、原告は昭和六二年分の事業所得に係る福利厚生費として同表記載の金額を支出したことが認められる。右の金額以外に原告が昭和六二年分の事業所得に係る福利厚生費として主張する金額については、その支出を認めるに足りる証拠がない。

ス 新聞図書費   一万五六〇〇円

<証拠略>によれば、原告は、昭和六二年五月分と七月分の新聞購読料として、日本経済新聞社に対し、各二六〇〇円ずつ合計五二〇〇円を支出したことか認められる。ところで、<証拠略>によれば、原告は大体六ヵ月単位で新聞購読契約を結んでいたことが認められ、右事実に<証拠略>の領収書が昭和六二年五月分と七月分のものであることを考え合わせると、少なくとも昭和六二年五月と七月に係る六ヵ月間は、原告が日本経済新聞社と新聞購読契約を結び、一ヵ月あたり二六〇〇円の購読料を支払っていたことを推認できる。以上によれば、原告は、同新聞社に対し、新聞購読料として、六ヵ月分一万五六〇〇円を支出していたこと認めることができ、右支出は、原告の昭和六二年分の事業所得に係る新聞図書費ということができる。

セ 諸会費     四万三二〇〇円

<証拠略>によれば、原告は昭和六二年分の事業所得に係る諸会費として同表記載の金額を支出したことが認められる。

(6) 右(3)ないし(5)によれば、係争各年の原告の事業に係る一般経費の支出の実額を立証し得た金額及びこれを(1)の収入金額から控除した算出所得金額相当額は、別表第四三のとおりである。以上によれば、原告の一般経費にかかる原告の実額立証のうち、昭和六〇年分及び同六一年分については、別表第四三記載の金額のみでは、原告の主張に係る一般経費の額に達しないことはもとより、収入金額から被告主張の推計による算出所得金額を控除した額にも及ばないのであるから、昭和六〇年分及び同六一年分の一般経費に係る原告の実額立証は、奏効しなかったものというべきであり、昭和六〇年分及び同六一年分に係る原告の一般経費の実額主張は失当である。これに対して、昭和六二年分の原告の一般経費にかかる実額立証については、原告の主張に係る一般経費の額には達しないものの、これを(1)の収入金額から控除した算出所得額相当額一〇一八万四三四五円は、被告が推計によって主張する算出所得額一〇七三万四一二〇円を下回ることが明らかであるから、右一〇一八万四三四五円の限度において、原告の実額主張は理由があるというべきである。

(三)  特別経費中の外注加工費について

(1)ア 係争各年の原告の事業所得に係る外注加工費の実額を証するための証拠としては、請求書、領収書等の帳票類(<証拠略>)の外、受取証明書(<証拠略>)及び必要経費取引明細書(<証拠略>)が提出されている。

イ 右アの請求書、領収書等の帳票類は、(<証拠略>)によれば、(二)(2)アの請求書、領収書等の帳票類とともに原告が年度別に保管していたことが認められるから、(二)(2)アの請求書、領収書等の帳票類同様、右保管状況に鑑みれば、特に(2)以下で摘記しない限り、当該帳票類に係る経費の支払の事実を認めることができるものというべきである。

ウ 右アの受取証明書<証拠略>は、取引ごとに分けて取引金額を記載しておらず、年度ごとに包括して取引金額が記載されていて、個別の取引の事実を認定することができず、また、(二)(2)アの受取証明書とその作成経過が同様であって、(二)(2)アの受取証明書について述べたところがあてはまるものといえるからその記載のみによってこれに係る経費の支出の事実を認めることはできない。

エ また、右アの必要経費取引明細書は、(二)(2)アの必要経費取引明細書と同一のものであるから、(二)(2)イで示したとおり、その記載のみによって、支出の事実を認めることはできない。

(2) そこで、右の(1)アないしエで述べたことを前提として、本件で提出された各証拠により、係争各年の原告の事業所得に係る外注加工費の額を実額で認めることができるか否かについて検討する。

ア <証拠略>によれば、原告は係争各年分の事業所得に係る外注加工費として、それぞれ右各表記載の金額を支出したことが認められる。

イ 右金額の外、原告が係争各年分の事業所得に係る外注加工費としてその支出の事実を主張する経費は、いずれも前掲の必要経費取引明細書に記載があるが、請求書の記載から当該年に係る経費でないことが明らかなものか、請求書、領収書のいずれも伴わないものかである。右請求書、領収書等の帳票類を伴わないものの中には、受取証明書が存在するものもあるが、受取証明書の記載だけでは、これに係る支出を認めることができないことはすでに述べたとおりである。

そうすると、係争各年の原告の事業所得に係る外注加工費の支出の実額を立証し得た金額は、別表第四四ないし四六記載の金額のみであり、右金額は、原告の主張に係る外注加工費の額の約九五パーセントから九八パーセントに相当するから、右金額の限度において、外注加工費に係る原告の実額主張は理由がある。

(四)  特別経費中の人件費について

(1) 係争各年の原告の事業所得に係る給料賃金の実額を証するための証拠としては、前記必要取引明細書の外には、出金伝票(甲第六七号証の一ないし六、第八四号証の一三、第一一九号証、第一七六号証。いずれも原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認め得る。)と、受取証明書(甲第二一一号証)が提出されている。

(2) 右のうち、必要取引明細書と受取証明書については、これまで他の必要取引明細書と受取証明書について述べてきたとおり、これらの記載のみによって、経費の支出を認めることはできない。また、出金伝票についても現金出納帳等の帳簿のない本件において、請求書や領収書の裏付けがないものについては、その正確性を他の資料によって検証することができないから、その経費の支払を認めるに足りる客観性を有する資料とはいえない。従って、<証拠略>の出金伝票及び原告本人尋問の結果によっては、その出金伝票に記載された経費の支出を認めることができない。

しかしながら、甲第六七号証の一ないし六及び甲第一一九号証の一ないし五並びに甲第一七六号証一ないし六については、その記載から支払の相手方である宮本の押印がなされていることが明らかであって、他の出金伝票と異なり、記載された金額の支出があったことについて、支払い先である宮本による客観的な裏付けがなされているということができるから、その記載によって支出を認め得る。

(3) 原告が右宮本に支払った給料賃金は、<証拠略>によれば、昭和六〇年分で五〇万二〇〇〇円、昭和六一年分で、四二万六〇〇〇円、昭和六二年分で五一万五〇〇〇円であることが認められる。

そうすると、原告の事業所得に係る人件費の実額の主張のうち、昭和六一年分及び六二年分については、その支出の実額の立証が奏功したということができ、昭和六〇年分についても、実額を立証し得た金額は、原告の主張に係る人件費の額の約九八パーセントに相当するから、右金額の限度において、人件費に係る原告の実額主張は理由があるというべきである。

7  そこで、以下、収入金額を別表第二の金額とし、算出所得金額については、昭和六〇年分、昭和六一年分は右収入金額を基礎として本件比準同業者の算出取得率の平均値を用いて推計した額とすることとし、昭和六二年分は6(二)で認定した実額(別表第四三算出所得額相当額欄記載の金額)によることとし、外注加工費及び人件費の額については、係争各年分とも、6(三)及び(四)でそれぞれ認定した実額によることとして、係争各年の原告の事業所得の金額を算出することとする。

(一)  収入金額

別表第二のとおり、昭和六〇年分は一六九二万三九四七円、昭和六一年分は、一九〇三万〇九四七円、昭和六二年分は、一六四八万六一三一円である。

(二)  算出所得金額

本件比準同業者の算出所得率の平均値は、右2の(1)及び別表第三の一ないし三のとおり、昭和六〇年分が六二・五八パーセント、昭和六一年分が六六・三四パーセントであるから、算出取得金額は、昭和六〇年分及び昭和六一年分は、右(一)の収入金額に右各比率を乗じて算出される金額であり、昭和六〇年分は一〇五九万一〇〇六円、昭和六一年分は、一二六二万五一三〇円であり、昭和六二年分は、右6(二)及び別表第四三算出取得額相当額欄記載のとおり、一〇一八万四三四五円となる。

(三)  特別経費中の外注加工費は、右6(三)及び別表第四四の一ないし七、第四五の一ないし七、第四六の一ないし六のとおり、昭和六〇年分が四六七万二八〇〇円、昭和六一年分が四五二万三七五〇円、昭和六二年分が二六五万〇九五〇円となる。特別経費中の人件費は、右6(四)のとおり、昭和六〇年分が五〇万二〇〇〇円、昭和六一年分が、四二万六〇〇〇円、昭和六二年分が五一万五〇〇〇円となる。

(四)  特別経費中の借入金利子・割引料

(1) 原告が係争各年の事業所得に係る借入金利子・割引料として別表第四七の一ないし三のうち書証欄に当事者間に争いがないと記載した項に記載した金額を右同項に記載した金融機関に支払ったことは、当事者間に争いがない。

(2) 右(1)の外、<証拠略>によれば、原告が係争各年の事業所得に係る借入金利子・割引料として同表書証欄に書証を記載した項に記載した金額を、同項に記載した金融機関に支払ったことを認めることができる。

(3) 右(1)及び(2)の金額の外、原告が係争各年分の事業所得に係る借入金利子・割引料として支出したと主張するものについては、必要経費取引明細書に記載があり、これらの支出の証するものとして、当座勘定照合表(<証拠略>)、当座勘定元帳(<証拠略>)、預金通帳(<証拠略>)、融資金返済予定表、手形貸付計算書(<証拠略>)、割引料計算書(<証拠略>)などが提出されているが、これらの記載に係る利子割引料等は、原告の事業に係る借入利子・割引料であるか、原告の生計など事業に係わらない借入等に関するものであるかが、明らかでなく、他にこれらの借入利子・割引料が原告の事業に係るものであることを認めるに足りる証拠はないから、これらによって、右(1)及び(2)の外、係争各年分の事業所得に係る借入金利子・割引料の支払を認めることはできない。

(4) <証拠略>によれば、原告は借入金の利子について東京都から、昭和六一年に二九万〇一三一円、昭和六二年に二七万四三六四円の利子補給を受けていることが認められるので、昭和六一年分及び同六二年分については、右(1)及び(2)の合計額から利子割引料を差し引いた額が、右各年分の事業所得に係る借入金利子・割引料と認められる。

(5) 原告が係争各年の事業所得に係る借入金利子・割引料として支払った金額の総額は、昭和六〇年分は、別表第四七の一の合計額欄、同六一年分及び同六二年分は、別表第四七の二及び三の利子補給額差引後の額欄に、それぞれ記載のとおりであるが、このうち当事者間の争いのない額を下回るものについては、右争いのない額とせざるを得ない。

(五)  特別経費中の地代家賃

(1) 原告が係争各年分の事業所得に係る地代家賃として、別表第五記載の金額を同表支払先欄記載の相手方に支払ったことは、当事者間に争いがない。

(2) <証拠略>によれば、原告は乗田泉に家賃一五万五〇〇〇円を振り込んだ手数料として、港信用金庫雪谷支店及び城南信用金庫に対し、それぞれ八〇〇円ずつ計一六〇〇円を支出したことが認められ、右支出は、原告の昭和六一年分の事業所得に係る地代家賃の支払のためになされたものであるから、地代家賃に準ずる経費というべきである。

(3) 原告は、右金額の他に、昭和六〇年の事業所得に係る地代家賃として三部薬局に対して駐車場代一万一〇〇〇円を支払った旨主張するが、右支出を証するものとしては前記必要経費取引明細書があるのみであり、すでに述べたとおり、右記載のみによっては支出の事実を認めることができないから、右支出の事実は認められない。

(4) 右(1)ないし(3)によれば、原告の支出した係争各年分の事業所得に係る地代家賃は、昭和六〇年分は一七七万五〇〇〇円、昭和六一年分は一八六万一六〇〇円、昭和六二年分は一八六万円となる。

(六)  特別経費中の減価償却費

原告が減価償却費として主張する金額のうち、建物付属設備の減価償却費に係る金額は、一般経費ではなく特別経費として算出すべきであり<証拠略>によれば、原告は係争各年分の事業所得に係る減価償却費として同表記載の金額を支出したことが認められ、右によれば、原告の係争各年分の事業所得に係る特別経費中の減価償却費は、昭和六〇年分が一万六三七五円、昭和六一年分は二万二三一七円、昭和六二年分は二万三五三九円となる。

(七)  特別経費中の繰延資産

<証拠略>によれば、原告は、昭和六〇年一月に乗田泉に対し、事業所を賃借するに際して、権利金として五五万五〇〇〇円を支払ったことが認められる。原告は、右の償却費を減価償却費の項目中で主張するが、事業所である建物を賃借するについて貸主に支払った権利金等は、減価償却費ではなく、所得税法五〇条の繰延資産に該当し、その償却費は、係争各年分とも償却期間五年による償却率〇、二〇〇を乗じて算出した一一万一〇〇〇円とするのが相当である。

(八)  事業専従者控除額

特別経費控除後の昭和六一年分及び昭和六二年分の原告の所得から、原告の妻吉岡きみに係る事業専従者控除額として、昭和六一年分で四五万円、昭和六二年分で六〇万円を、それぞれ控除すべきことについては、当事者間に争いがない。

(九)  右(一)ないし(八)によれば、係争各年の原告の事業所得の金額は、昭和六〇年分が二九七万二六八三円、昭和六一年分が四四三万四六〇二円、昭和六二年分が三六九万六〇九五円となる。

8  以上によれば、本件各更正に係る総所得金額のうち、昭和六〇年分及び同六一年分については、いずれも、右7の(九)の係争各年の原告の事業所得の金額(総所得金額)を超えるものであることになるから、六〇年分更正は、課税総所得金額を二九七万二六八三円として、六一年分更正は総所得金額を四四三万四六〇二円として、それぞれ計算した額の範囲内の部分は適法であるが、右範囲を超える部分は違法であることになり、本件各更正に係る総所得金額の昭和六二年分については、原告の事業所得の金額(総所得金額)を上回らないこととなるから、同年分の更正は適法であることとなる。

四  本件各賦課決定の適否について

六〇年分更正は総所得金額を二九七万二六八三円として、六一年分更正は総所得金額を四四三万四六〇二円として、それぞれ計算した額の範囲内の部分及び六二年分更正に係る分は適法であるが、右各範囲を超える部分は違法であることは右三の8のとおりであり、このことは右各年賦課決定についても同様である。

五  結語

よって、原告の請求は、六〇年分更正及び六〇年分賦課決定のうち総所得金額を二九七万二六八三円として計算した額を超える部分の取消しを求める限度で、六一年分更正及び六一年分賦課決定のうち、総所得金額を四四三万四六〇二円として計算した額を超える部分の取消しを求める限度で理由があるから、右部分を認容することとし、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 中込秀樹 榮春彦 武田美和子)

別表第一ないし四八<略>

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